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酒 「世界一」のモルト解説」

グルメクラブ

7月9日(金)

  スランジ・バー。乾杯をスコットランドではこういう。ニート。これは水などを加えずウイスキーをストレートでそのまま飲むことだ。どちらも世界一のスコッチウイスキーのコレクター、クライブ・ヴィディスさんから教わった。
 サンパウロ市モルンビーの邸宅にお邪魔したのは三年ほど前。コレクションを展示する特別室を見学させていただいたうえ、ホームパブで一杯、二杯とごちそうになった。時にヴィデスさんは六十八歳、「収集歴は三十一年」と言っていたっけ。その本数は往時で三千本超。ギネスブックに初めて認定されたのは九三年にさかのぼると聞いた。
 気軽に記念写真にも応じてくれた気さくなヴィデスさん。その懐かしい名前を料理の月刊誌「GULA」で見つけた。三ヵ月前からスコッチウイスキーをテーマに連載執筆している。
 スコッチ五百年の歴史から切り出した四月号。「ウイスキーはアメリカからインド、トルコから日本まで多くの国で生産され良質な製品もある。しかし、その中に、スコットランドの特権的な個性に比類すべきウイスキーは一つとして見当たらない」と言い切るくだりに、正統派のヴィデスさんらしいな、と思う。
 五月号では、スコッチの種類を説明している。まず、「シングルモルト」。これは一つの蒸留所のモルトウイスキーだけを瓶詰めしたものだ。モルトウイスキーとは大麦麦芽モルトを原料に単式蒸留器で蒸留したウイスキーのこと。熟成はオークの樽で三年以上が義務付けられている。全土に百十近い蒸留所があると、九五年初版の日本の専門書で読んだことがあるが、ヴィデスさんは「いまは八十七」を主張する。
 次が「ヴァッティド・モルト」。複数のモルトを混ぜた製品だ。さらに、「グレインウイスキー」。主にトウモロコシなどを原料に連続式蒸留器で蒸留し、モルトウイスキーに比べてマイルドで飲みやすいが、その分、個性に乏しいとされる。ヴィデスさんはスコットランドに六つのメーカーがあると書く。
 最後は「ブレンデッド・ウイスキー」。モルトウイスキーとグレインウイスキーをブランドして作られる。バランタインやジョニー・ウォーカー、シーバス・リーガルなど九割以上の銘柄がこれになる。
 最新六月号は、モルトウィスキーの生産地区分について。アイラ、ハイランド、スペイサニド、キャンベルタウン、ローランドの五つをいう。ヴィデスさんはここで、アイラ、ローランド二地区のシングルモルトの特徴を語っている。
 個性が強いと言えば、アイラ。同名の島(人口は四千人弱)には八つの蒸留所があり、そのウイスキーは「潮の香り、海草のような」匂いをもつ。ブナハーブン、アードベック、ラガブーリン、ポートエレン、ボウモア、ブルイックラディ……。独特のヨード香とスモーキーなテイスト。有名なブレンデッド・スコッチでアイラ・モルトが入っていないウイスキーはない。最低五%はブレンドされているという。
 ヴィデスさんは、ブラジルのウイスキーコレクター協会の創設者。取材の数日後、その会合に参加させてもらったことがある。何が飲めるかと胸をふらませ、サンパウロ市内のレストランに出向くと、卓上にはジョニー・ウォーカーの赤ラベルがずらり。この夜、収集家たちが封を空けた銘柄はこれひとつに限られたのには驚いた。
 ヴィデスさんは「とても良いブレンドだと信じている。わたしたちはいつもこれなんだ」ときっぱり。熟成を重ねた、高値のウイスキーが必ずしも逸品ではないと、このとき学んだ。
 「わたしは評論家でないので、どれが一番いいウイスキーかと聞かれても判断を下すべき立場にない」ともヴィデスさんは語っていた。あくまで、コレクターという存在に徹し切ったこの態度。〃世界一〃のコレクター魂を垣間見た気がしたのをよく覚えている。

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