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チェ・アメリカ・ラチーナ4 キューバ

グルメクラブ

7月23日(金)

  土地の料理を食べながら、土地の音楽を聞く。幸せのひとときだ。サンパウロ市では、土曜日の昼下がり、フェイジョアーダにパゴージの組み合わせがいい味だしている。たとえ行儀が悪いと言われようが、体を揺らし、時には机を打楽器代わりに叩きつつ食べる、ラテンの味、全開だ。
 「ラテンのノリ」でブラジルに勝るとも劣らない国といえば、まずキューバが思い浮かぶ。チャチャチャ、マンボ、ルンバ、そしてサルサ……すべてキューバ音楽が源泉。といっても、社交ダンスがお似合いのソシアルな場所は敷居が高い、ガンガンの音量でキューバのリズムに乗りながら、その料理を楽しめる場所を探した。
 サンパウロ市内に住むキューバ人は七百人を数える。雑誌「ヴェジャ・サンパウロ」〇三年五月号で仕入れた情報だ。同誌によれば、キューバ料理のレストランで、生演奏を聴かせる店が一軒だけあると。ピニェイロス区「Isla de Cuba」で、シェフはスペイン、日本と渡り歩いてきた経験を持つ国際派。海老カクテルや、ロブスターのグリルは絶品とあり、切り抜き片手に食欲をくすぐられっぱなしのまま、タクシーで走った。
 結末から言うと、店はツブレた後。同じ住所にバーがあったので、運転手が気を利かせて尋ねに行ってくれたが、「閉店したらしい」。その瞬間、すべてはパー。エビとロブスターの妄想は跡形もなく消える。ただ、巷では、キューバ音楽のディスコがブーム。ヴィラ・オリンピア区「Rey Castro」や、イタイン・ビビ区「Azucar」などだ。ディスコでも酒菜くらい食べられるかもしれない。この界隈にもないか。藁にもすがる気持ちで運ちゃんに聞けば、「ありますぜ、旦那」。
 と辿りついた先が、ヴィラ・マダレーナ区ベルミロ・ブラガ街「Conexion Caribe」だった。入り口で出迎えてくれた男性はちょい不良(ワル)な感じのキューバ人、島訛りのスペイン語で名前を問われたので、日本名より分かりやすかろうと思案し、「マイケル」と答えておいた。入店まもなく、ビートルズ「レット・イット・ビー」をサルサ風にした曲が流れる。音のうねりに身を任せているとやはりキューバ出身の女給がテーブルにやって来た。出されたメニューをみて、踊るだけでなく、しっかり食事も取れそうだと一安心。
 首都ハバナの大衆(観光客向けでなく)レストランの品書きで、それがメインディッシュと認められそうなものは、せいぜい五、六品と言った人がいる。かつて本欄で「中南米食文化紀行」を連載していた料理研究家の現場を踏んだ指摘である。なるほどなァ、この店には三品しかない。うち二つ、ビーフシチューと、豚もも肉のグリルを注文する。青バナナの揚げ物、モーロス・イ・クリスティアーノスが添えられていると書かれてある。
 モーロス―はキューバの代表的な主食で、近年サンパウロ大学でも講師を務めた文化人類学者、今福龍太氏がその名について説明しているのをみた。「字義的には『ムーア人とキリスト教徒』を意味し、(キューバの宗主国)スペイン支配をめぐる二者の戦いの歴史的記憶にちなむ」。黒いインゲン豆と白米、二つの「対立する食材」を炊いた料理だ。日本の赤飯を少し黒くしたような見た目をしている。豚の細切れが確認できたが、味付けは塩とニンニクのみか、あっさりして受け入れやすい。牛肉料理の伴侶としての相性は抜群。ただ、くだんのシチューとはいっても、雑肉を割いて煮込んだような簡素なもので、日本人好みの薄味だがジャガイモ、ニンジンなどの野菜類は一切なし。豚もも肉の方もそつのないが、特筆すべきとはいかなかった。
 慢性的に物資が不足するキューバの国情を反映しているのだと思うに至る。その配給制度について、調べれば、一ヵ月に米は六ポンド(一ポンド=約四百五十グラム)、砂糖は三ポンド、黒豆は十二オンスで、一オンスは約二十八グラムでしかない。タマネギ一個を買えば一米ドルし、ニンニクは容易に手に入るが、スパイス、フルーツは高い。肉は一ポンド=七、八ドルで、特別な機会にだけ食べられるというのだ。
 こうした数字で個人的に印象残ったのは、砂糖は三ポンドも配給されていること。有り余っているものは惜しみなく配給されるらしい。ほかに名産と言えばラム酒と葉巻、なんだか嗜好品のたぐいばかり豊富だ。海産物ではオブスターがよく獲れるが、大半は日本向けに輸出されている。
 それにしても、物資不足の中、あの力強い音楽が育まれている事実は驚くばかり。料理と音楽から得ようとする「生きる喜び」の比重を測れば、後者からの方が圧倒的に高いだろう。ひたすらリズムに賭ける情熱はすがすがしいくらい美しい。揚げバナナとニンニクライスを交互に口中に放り込み、甘いラム酒を片手に踊る。即席キューバ人を気取ってみた。バナナの揚げ物はよく調理されており、ニンニク風味の豆ご飯の惣菜にグー、味覚は思いのほかイケたが、腰から下の運動感覚がどうしてもついて行かない。
 フェイジョアーダとパゴージでも料理ありきで音楽はオマケ気分、その「食い意地」がキューバのリズムとは相容れないのだと痛感した。

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