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酒―――男前に決めるなら生牡蠣には…

グルメクラブ

7月23日(金)

  フランス料理店で生牡蠣と特級シャブリの白ワインというと、つい構えてしまう。しかし、居酒屋で牡蠣に生ビールなら、肩肘張らず楽しみたい。
 冬の味覚、牡蠣が出回っている。過日のこと、ヴィラ・マダレーナ区の「ASTOR」や「POST6」といった、市内でも屈指のショッピを提供している人気のボテキンでも見かけた。砕いた氷を敷き詰めた大皿に殻ごとと盛り付ける、その様はパリのカフェを思い出させた。
 Rのつく月、秋口から春先までを旬とする欧州では生牡蠣と言えばシャブリ。その葡萄畑から牡蠣の化石が多く発見されており、殻のミネラルを葡萄が吸い上げ、相性が良くなるという理由で、真の調和を生み出すためにはレモンをかけて食べる必要がある。ただ、パリのカフェやブラッセリーであっても、おいそれと特級シャブリに手を出す身分などは限られる。本場であっても庶民にはビールが身近だろう。「ASTOR」でショッピ・ブラマとのコンビネーションを試したが、イケていた。本来、ビールやシャンパンといった辛口の発泡酒は料理を問わない利点がある。日本酒が生牡蠣の最高の伴侶とは衆目一致の見方だが、ここでは割愛する。ブラジルのボテキンで日本酒を飲む必要もない。
 「ASTOR」はサンパウロの五〇年代をイメージ、往年の雰囲気がよく表現されている。「POSTO6」は六、七〇年代のリオがコンセプト。と同時に、和の要素を内装に取り入れ、併設された寿司カウンターや座敷がユニークだ。ブラジルらしい混沌ぶりを発揮しているボテキンと感じる。奥深い食の試みなのか、ありがちな「ルール」に対抗しひねりを利かせているだけか、「生牡蠣には、ウオッカのエネルギー飲料割りを」と黒板に書かれていた辺りもひと味違っている。
 冗談のたぐいと早合点し無視を決め込んだが、エネルギー=牡蠣の精力を連想させているんだなと勘付いて、こういう実直な発想、ブラジル人らしくて好きだな。注文こそしなかったが、そう思い直した。
 牡蠣は「海のミルク」と呼ばれ、グリコーゲン(エネルギー代謝の元)の宝庫。ドイツ帝国初代首相、ビスマルクの好物で、一度に百七十八個をたいらげた記録が残っているそうだ。さすが鉄血宰相。ここでなぜか思い出したのが、元大関の小錦のこと。かつて大相撲サンパウロ場所で来伯したとき、カイピリーニャを一晩で四十二杯飲み干したとの逸話だ。やっぱり偉人は違うよなァ。
 渋めの風味を持ったカシャッサなら生牡蠣にもよくマッチしそうだ。「POSTO6」推奨の一本は「Gotas do Engenho」。聞きなじみのない銘柄と思えば、蒸留所はリオ・グランデ・ド・スル州。会社は昨年十二月に発足したばかりとまだ若手だった。四十年熟成物を一杯十一レアルで飲ませているのはお試し期間だろうか。オランダ系の会社で、そのキャッチフレーズは「心はオランダでも、ブラジルの伝統を誇ります」。良い文化なら、国籍問わず取り入れようとする姿勢に好感の持てるボテキンが、いま大プッシュする要注目のカシャッサだ。
 ただ、飲んだくれには生牡蠣にショッピやカシャッサでは物足りない感じ。加えて、男前に決めたいなら前回紹介したモルトがしっくりきそうだ。作家の村上春樹がスコットランド紀行で書いていたのは、殻付きの生牡蠣にモルトウイスキーを注いで食べる流儀。シャブリのような上品にはなじまない私のような男は、これで今季の生牡蠣と付き合ってみたい。

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