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ニトベギク=故行方健作さんの愛した草

健康広場

2005年8月24日(水)

 「ブラジルは薬草の宝庫だが、研究者はあまりいない」。日本から調査に来た学者は一九六三年に、厳しいコメントを残した。四十二年後の今日、状況は改善したのだろうか?
 答えはおそらく、「NAO」だろう。薬草研究家として知られた行方健作さん(新潟県出身)の訃報を聞いて、そんな唐突な疑問を持った。
 植物学者の橋本梧郎さん(92、静岡県出身)も「健康関連の業者の人がいろいろと話を聞きにくることはありますが、学術的なことになると……」と溜息交じり。行方さんの死は、関係者にとって大きすぎるかもしれない。
 行方さんは一九三四年に力行会を通じて渡伯し、アリアンサ移住地にコロノとして入植した。虚弱体質だったため、暑さに苦しめられたようだ。五一年、ブラガンサ・パウリスタに転住したのが転機になり、徐々に健康を取り戻していったという。
 橋本さんとは博研のキャンプで知り合って以来、五十年以上の付き合い。「彼は薬草で病気を克服し、皆に効用を知ってもらいたかった」(橋本さん)。農業をしながら各地を回り、薬草・健康の相談に乗っていた。
 研究成果は雑誌「のうそん」に連載され、「ブラジルの薬草」(一九七九)、「ブラジルの薬草2」(一九八四)、「ブラジルの薬草・全」(一九九二、いずれも日伯農村文化振興会)にまとめられた。
 次女の小橋節子さん(69、整体師)によると、行方さんが特に愛した薬草はニトベギクだった。著書では「万病によく効くといっても、過言ではありません」と紹介。高血圧、肝臓、腎臓、胃腸、アレルギー症、二日酔いなどに効果があると記述している。
 服用方法(大人)は、乾燥花弁なら三~四グラム、茎・葉は五~十グラムを一リットルの水に煎じて飲めばよい。
 原産はメキシコ。キク科の植物で秋に、ひまわりを小型にしたような花が咲く。ブラジルにはメキシコから直接入ってきたのではなく、台湾移民が持ち込んだというのが橋本さんの説だ。「ブラジルで効用が知られるようになったのは、ここ十年くらいのものです」。
 日本統治時代の台湾に、ニトベギクは伝わっていた。日本ではまだ知られておらず、台湾総督府殖産局長だった新渡戸稲造(一八六二─一九三三)にちなんで和名がつけられた。そして移民が移住する時に、薬草として持参したというわけだ。
 繁殖力が強いのが、特徴。行方さんが数年前から居住していたカコンデ市の長女宅では、ちょっと植えたものが野生化し、群落を形成しているという。若い頃に、病気がちだった行方さん。ニトベギクの生命力に、魅かれたのだろうか。
 「のうそん」の主宰者、永田久さん(76、ブラジル力行会会長)は次回号で追悼企画を予定。「移民の生き方を、厳しく見つめた人。人生の葛藤が、あったんだと思う。貴重な人がいなくなって寂しい」と故人を悼む。
 新渡戸は戦前の日本で、有数の国際人だった。英文で書いた「武士道」(一八九九)が日露戦争後に、世界的な反響を呼び起こすのは周知の通り。国際連盟の事務次長にも就いた。
 一九三三年にカナダで客死するまで、悪化した日米関係の修復に向けて奔走したという。
 「願はくはわれ太平洋の橋とならん」。旧札幌農学校を卒業後、東大文学部に入学する時、面接官に言った言葉が、故郷岩手県盛岡市の不来城趾にある石碑に刻まれている。行方さん、そして移民の生き方にも、通低するところがあるかもしれない。

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