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魚屋さんの入れ知恵=ボラのヘッシャーダ

グルメクラブ

4月16日(金)

 一夫多妻とはよく聞くが、一妻多夫とはなじみの少ない言葉だ。ボラ(鰡)はオスよりもメスが大きく、一妻多夫型とされる。
 ブリ、スズキ、コニシロと並ぶ出世魚。ハク、オボコ、イナ、ボラときて、トドに行き着く。とどのつまり、の語源だ。トド級のメスボラとなれば貴重品で、その卵巣からつくるカラスミの右に出るものはない。
 寒くなる季節に旬を迎える魚である。俗に「寒鰤、寒鰡、寒鮃」といわれる。沿岸、河川下流域に生息しているため、泥臭さが気になる場合も多いが、冬になるとそれもだいぶ消え去り適度に脂が乗ってくる。
 リベルダーデの鮮魚店主、三木宗三郎さんは、でも、と前置きして語る。
 「卵が小さいうちの方が、むしろ旨いかも。五月以降に大きくなるけれど、個人的には卵に栄養を取られる前にもぜひ食べたいと思うよ」
 三木さんはこれからのボラであれば刺身がいいね、と薦める。紅色が目に美しく映える。関東では生後百日目の「お食い初め」に欠かせない縁起物。ボラ漁の盛んな伊勢志摩地方では神事や祭りに奉納されると知って納得だ。
 ところで、江戸時代、ウニ、コノワタ、そしてカラスミを「天下の三珍」といった。カラスミはしかし珍味であるばかりか、口臭を消したり、悪酔いを防ぐものとしても、重宝されていた。武士は印籠に入れ持ち歩くほどだった。
 「へぇー」をさらに二つ。実はカラスミの本家はトルコ、ギリシャ。それが中国を経由し日本に伝来したのだ。そして長崎代官が、時の将軍、豊臣秀吉に献上した席でのこと。その名を問われて代官はハタと困ったが、中国の墨石に似ているところから、「唐墨であります」と、即興で答えたという。これがカラスミ名称の由来である。
 ブラジルでは「Tainha」と呼ばれ、沿岸部の人々に親しまれている魚だ。「どこでも獲れるんだよね。海辺の淡水が流れているような所に行くと、ボラの稚魚がうようよ泳いでいるのをみれるよ」と三木さん。
 「骨やハラワタを抜いて、中にファリーニャやエビ、ニンイク、タマネギなんかの野菜を詰めて食べるのがこの国では一般的だろうね」。料理法でいえば「ヘッシャーダ」だ。
 調べれば、サンパウロ州のベルティオーガ、パラナ州のメウ島、サンタ…カタリーナ州など各地でボラ祭りが開かれている。その卵もまた、海岸地域では日常的な食材だ。
 だが、日本人がカラスミと共に絶賛する「ボラのヘソ」、つまり胃の幽門部にはまだ目をつけていないと思われる。「アンコウの肝に、ボラのヘソ」。きれいに水洗いして砂を出し、醤油の付け焼きで頂けば、ホホが落ちること請け合いである。
 夏目漱石の「猫」は、いっている。
 「元来、我々同族間では、目刺の頭でも鰡のヘソでも一番先に見付けたものが之を食う権利があるものとなって居る」(『吾輩は猫である』)と。