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祖父母に孫からの贈りもの=イグアスー移住地=太鼓橋とあずま屋=世代を越えた融和が定着

4月30日(金)

 四月二十五日、パラグァイのイグアスー(Yguazu)移住地で、太鼓橋とあずま屋の落成式が行われ、孫たちからお爺ちゃん、お婆ちゃんに大きな贈り物となった。移住地では世代を越えて、融和が定着している。
 この移住地は、ブラジルとの国境から国際道路に沿った四十一キロ地点を中心に広がっている。入植が始まったのは一九六一年だ。近年は遺伝子組み替えでない高タンパク質含有の大豆「オーロラ」の生産地として日本でもその存在が知られている。
 その移住地の基盤を作るために、艱難辛苦を重ねてきた祖父母たちの健康維持に一役を担おうと孫たち(青年部)三十名が二年ほど前からYguazu市内の一角にある公園を縦断している川に小さな島を作り、島の上に藁ぶきの小屋を建て、その島に通じる橋を架ける作業を続けてきた。すべてボランティア作業の手づくりだ。
 この公園はJICA(日本国際協力機構)よりイグアスー日本人会(栄田祐司会長、福岡県出身)に移管された施設で、面積が約八ヘクタール。公民館、診療所、パーク・ゴルフ施設などがあり、一般市民はもとより、老齢者の散歩や運動に格好の場所となっている。ブラジルに移住している日本人篤志家から寄贈された桜も順調に生育しており、いずれ花見ができる、と期待されている。
 八十四歳の向井香さん(愛媛県出身)は「この橋を『友情の橋』と呼びたいね。若い人たちがこのような手伝いをしてくれたのがとても嬉しい」と評価すれば、そのそばで明治四十六年生まれ(九二)の佐々木幸治さん(岩手県出身)は「これで運動することがますます楽しくなるよ」と孫たちの誠意を率直に受け止めている。「移住してきて一年ちょっとで主人を亡くし、三年後に再婚したが、また主人に先立たれてしまった。それでも健康で生きてこれた。孫たちがこのような施設を作ってくれる時まで生きてくることができて本当に良かった」と述懐するのは山本てるさん(七九、宮城県出身)だ。
 ボランティア活動の中心となってきた園田一君(父親の八郎さんは鹿児島県出身)は「作業は大変だったけれど、祖父母たちに喜んでもらって報われた気持ちです」と青年部の気持ちを代弁していた。
 入植四十三年の時間を越えて世代間の融和が定着しているイグアスー移住地だ。公園には手摺り付の便所も新設された。

 

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