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 日露戦争の勝利から100年。大東亜戦争の敗戦から60年ーと今年の日本は勝ちと負けの両方で慌ただしい。100年前の元旦には旅順が陥落し3月10日に奉天会戦で勝つ。5月27日には「天気晴朗ナレドモ波嵩シ」の日本海海戦で東郷平八郎提督が率いる海軍がバルチック艦隊を打ち破り激戦の日露戦争は幕引きとなる▼この戦勝に比べると大東亜戦争は辛く苦しい。ミッッドウエイ海戦の大敗。サイパン玉砕と硫黄島での敗退。このあとに沖縄での悲惨な戦争が始まる。当時の沖縄には約40万人の住民が住んでいたが、4人に一人が死ぬ。「ひめゆりの塔」に象徴されるように第一高女、師範学校の職員らも集団自決するという悲劇が多い。勿論、軍隊の被害も大きく、守備軍10万のうち七万余が戦死する。米軍の攻撃に果敢な戦を挑んだのだが、劣悪な兵器では太刀打ちできなく敗れる▼牛島満大将は自決し長勇中将は戦死する。戦艦・大和も米空軍の猛攻に耐え切れずに轟沈し、戦争は終結へと向かう。こうしたなかで特筆するべきは太田実海軍少将が日本に送った電文である。「沖縄県民斯ク戦エリ。県民ニ対シ後世特別ノ御配慮ヲ賜ランコトヲ」は今に語り継がれている▼摩文仁の丘で壮烈な殉職をとげた島田叡・知事も忘れてはなるまい。戦後に沖縄の人々は太田実少将の「慰霊の碑」と島田知事の「島守り塔」を建立しているけれども、あの厳しい戦闘の中にもこんな美しい話があるのが嬉しい。23日には首相も参列し追悼の式典が行われ「不戦の誓い」をしたがあの戦争から何を学ぶかである。日本人の心の旅はこれからも続く。(遯)

05/6/25

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