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井上祐見さん=客と一体のステージ=いつも発見がある南米公演=劇場内の9割が非日系人=ウルグァイで感泣

2005年8月18日(木)

 「一緒に笑い、楽しむことが大切。一つひとつの公演全てが楽しかった」。七月十六日の日本祭りでのステージをはじめ、約一ヵ月南米各地で公演をしてきた歌手の井上祐見さん。今年で七年目の来伯となったが、「毎年違った発見があり、私たちが思っている以上に変化しているかもしれない」と話した。
 「観客の九割が非日系人だった」という初のウルグアイ公演。前日、視聴率が一番高いと言われる昼のテレビ番組に出演したこともあり、会場となったモンテビデオのソドレ劇場は満席となった。通訳をいれながら、観客と一緒に歌い、楽しんだ。最後、「数人が立ちだしたので帰るのかなと思った瞬間、スタンディングオベーションの嵐になって思わず泣いた」と思い出す。マネージャーの中島年張さんも「移住した人のために、と始めた公演だったが、それ以外の人にも見てもらえてよかった」と話す。
 パラグアイのエルカルナシオン公演では六十代の女性が「ありがとう。今日、来てよかった。外に出るのも嫌だったけど、生きる元気をもらいました」と握手を求めてきた。この女性は三ヵ月前に娘を亡くしている。「生きる元気になったのが私の歌であり、ステージだったことが本当に嬉しかった」と振り返った。
 四年ぶりとなったサンパウロ市、宮城県人会での公演では花柳龍千多さん、丹下セツコさんが特別出演。「この有名な方々が私の公演に花を添えてくださって、七年目にしてやっと認められてきたという気がして嬉しかった」と喜びを表した。また、来伯一ヵ月前から練習した三味線を弾きながら『じょんがら女節』を披露した。
 公演以外にもボリビアのサンファン五十周年記念ソフトボール大会で始球式をつとめた。パラグァイのピラポではパークゴルフをし、現地の人と交流をした。「これからは井上祐見杯をつくって、各移住地でやっていくのもいいな。ステージ以外でももっと交流したい」と笑う。
 また、「日本の演歌歌手だからっていう理由で着物を着たくない。それなら見せ物と同じ。ふだんから着物を着るのも素敵だと思う」と、来伯するにあたり着物の着付けを学んできたそう。「お母さんに着物を貰った。親から子へ受け継げるところが着物のいいところだと思う。ただ、ステージで着るだけではなく、こういうことをブラジルで伝えていきたい」とこだわりを見せた。
 来年は「三味線をもっと練習して来たい。お客さんに喜んでもらうための曲を選んだら、伝えたいものが歪むので、等身大でできることを一つひとつやっていきたい」と話し、「日本があーだこうだと、二十代の私が全てを伝えられるわけがない。ステージが何かの〝きっかけ〟になれれば」と力強く語った。

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