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カザロン・ド・シャ保存運動――中谷哲昇さん特別寄稿――=連載(2)=大工「花岡一男」の自己主張=仕上げに少々欠点があっても

2005年12月20日(火)

②大工・花岡一男の創造性
 私がやきもの作りをしている関係上、ブラジル人より日本のやきものとブラジルのやきものはどう違うかとの質問をよく受ける。これについては次のように答えている。「日本の第一線で活躍している陶芸家の個展などを見ると、ほとんどの作品は技術的完成度が高く、この面で見るべきものが多い。これに較べブラジルでは創造性を重視して、仕上げに少々の欠点があってもほとんど気にしない傾向がある」と。
 造形活動というのは誰しも模倣から始めるのだが、次第に進んで誰もやらないこと、ほかにない自分のものを創りだすことを心がける。それは取りも直さず自分は他と違うんだという自己主張に他ならない。
 州政府文化局内CONDEPHAAT出版「Casarao do Cha」序文の中で「カザロン・ド・シャと称されるこの建物が指定文化財の候補として取り上げられた際、先ず我々に好奇心を抱かせた理由の第一は、農村の一角に生産を目的として建てられた建築物が、いかなる理由のもとにこのような華やかな外観を必要としたのであろうかと言うことであった」と述べられている。
 いま、この建物が建造された過程を想像して見る。当時お茶生産が好況で金銭的に余裕があったこと。農場責任者であった揮旗深志が、当時としては珍しく文化に造詣があったこと。これらが作用して大工に自由な仕事の機会を提供できる余裕があったこと。そして大工・花岡一男に、自分の持つ技術を生かし、意中の建物を造りたいという強い気持ちがあったことなどの状況が想像される。
 カザロン・ド・シャは日本に見られる国宝や重文のように金と時間をかけ時代の粋を集めたと言うような建築物ではない。勿論準備期間はあったろうが、約一年、収穫期から収穫期の間に完成しなければならないと言う条件の中で、本格的大工仕事の出来るのは彼ひとりという環境での作業であった。
 カザロン・ド・シャは日本の伝統的な木造建築の技術を用い、建築用の木材は当時の農園内にあったユーカリ材を使用して原木の形をそのまま生かしている。基本構造は全て自然木の組込み式で作られている。ブラジルでは、この様な技術を用いた建築物は他に例が無い。
 この建物は基本的には製茶工場で、いわば機能さえ発揮すれば良い建物であるのに、正面入口や事務室入口、階段の手摺りなど、随所に自然の枝ぶりをそのまま用いたデザインを工夫している。特に正面入口は一種独特の雰囲気を持つ有機的造形美となっている。このように観察すると、カザロン・ド・シャには、大工自身の持つ技術を発揮した遊びとも言える有機的造形をそなえた、花岡一男の創造・自己主張が見られる。
       (つづく)

■カザロン・ド・シャ保存運動――中谷哲昇さん特別寄稿――=連載(1)

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