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県連「ふるさと巡り」=パラグアイ、アルゼンチン、ブラジル=三カ国走破=連載(2)=イタイプーダム建設の地で=自助努力、創立20年の文協

2006年10月12日付け

 イグアスーの滝の観光から戻った一行は、フォス・ド・イグアスー日伯文化体育協会の会員と交流するため、川魚料理で人気のレストラン「クルーベ・マリンガ」の夕食会に参加した。
 バスから降りると、同協会の会員が入り口に立って一人ひとりに握手して迎えてくれた。温かい歓迎にこの日の疲れが吹き飛ぶ。
 あいさつに立った根元一美会長は、二年後に控えた移民百周年に触れて、「松尾さんが大役を引き受けたことも知っている。百年祭が大成功することを心から応援したい」と激励した。その上で、「いつか皆さんと各移住地をまわりたい」と話すと、会場からは大きな拍手が贈られた。
 同会は今年、設立二十周年を迎えた。会員は現在、八十家族、約四百人。主に一世が運営の中心で、「今後はどのように若い世代に会を引き継いでいくか」が課題だ。
 根元会長の話によれば、この地では野球が盛ん。日本から少年野球のチームを招いて地元チームと親善試合を行ったこともあるほどで、一九八六年には念願の野球場を建設。今では運動会やゲートボールなどの試合会場としても利用されている。
 「目下の目標は自前の会館の建設です」と会長は話を続ける。これまで会員が集まる際には、市内各地の空家を借りるなど不便が多かった。そのため現在は、「会の中心となる建物を後世に残したい」と、移民百周年にあわせて工事を進めている。すでに八割方が完成。「屋根もあるため」、各イベント会場として利用されている。
 会館建設の数十万ドルに及ぶ費用は、毎年四月に開催される民族祭や毎月恒例のすきやき大会などの売上げをコツコツと貯めてきたもの。個人の寄付に頼らず、会員のボランティア活動で集めたお金が基本だ。
 「誰がどれだけお金を出したかが問題でなく、会員みんながボランティアでイベントに参加、協力すること」に意義がある。説明を聞いていると〃みんなの会館を〃という熱い思いがひしひしと伝わってくる。
 残りの二割は、会館に併設する宿舎の工事。以前、聖州ツッパン市の日系団体が、同市内へ観光に訪れたときのことだ。その時、ある一人の参加者が「日本には行けないけど、死ぬ前にイグアスーの滝にいきたかった」と洩らした。この団体はホテルではなく、市内のスポーツクラブで布団を敷いて寝泊りした。そんなエピソードもあって「会館に宿舎をつくって、南米各地から集まった人と人の交流の場」にするのが夢だという。
 ふるさと巡りの団長を務めた天達市雄県連副会長は、根元会長と同じ鹿児島県の出身。同郷出身者との思いがけぬ出会いを喜びながら、十八年に及ぶふるさと巡りの成果をあいさつで述べた。
 この他にも同文協の発展に尽力してきた婦人部や会員の紹介もおこなわれた。会の草分け的存在で、現在、夫と一緒にイグアスーの観光ガイドをしている小倉締(しめ)さんは、なんと八十歳。四十五年前、同地に日本人として初めて移住。「国立公園内にあるホテル向けにトマトなどの野菜をつくっていた」と笑顔で振り返った。
 話によれば、入植当時はヨーロッパ系の移住者が七割を占め、「泥棒もいなく、ほんとのんきな街だった」とのことだ。
 魚料理をお腹いっぱいに満喫した一行は、ふるさと巡りの定番ソング「ふるさと」を同会の人たちと熱唱。別れを惜しむようにしてホテルへ向かった。
 (つづく、池田泰久記者)

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