ホーム | 日系社会ニュース | 故中村神父を「尊者」に=日伯司牧協会運動進める=移民100周年を迎えて=認定なら日系社会の誇り

故中村神父を「尊者」に=日伯司牧協会運動進める=移民100周年を迎えて=認定なら日系社会の誇り

2007年4月12日付け

 【既報関連】「来年の移民百周年で中村神父が尊者として認定されれば、日系社会の大きな誇りになる」―。日伯司牧協会(青木勲代表、神父)は、日本初の海外派遣布教使としてブラジル日本移民にカトリックを布教した中村ドミンゴス長八神父(一八六五―一九四〇年没)を、聖人・福者に次ぐ尊者(神の僕)として登録する運動をすすめている。この運動は〇二年に始まったもので、すでに同神父の伝記を編纂、昨年五月にローマ教皇庁からブラジル側で正式に調査をすすめてよい許可がおりている。尊者として認定されれば、日系人を含めブラジルに移住した日本人では初めての偉業だ。
 中村神父は、隠れキリシタンで有名な長崎県五島出身。一九二三年、五十八歳のときに、教皇庁布教省から依頼をうけてブラジルに派遣され、サンパウロ州ノロエステ線にあった平野植民地など、各地の日系移住地で伝道活動をおこなった。
 その後、同神父はサンパウロ州ソロカバナ線のアルヴァレス・マッシャード市を拠点に布教活動に専念、三九年には日本の海軍少将でカトリック信者だった山本信次郎を通じて教皇ピオ十一世から「グレゴリオ大褒章」が伝達されるなど、日系人を問わず多くの信者から崇敬された。
 中村神父の聖人申請は、サンパウロ州ボツカツ司教区内の司教らが中心になって結成された「中村長八神父列福調査委員会」を通して〇二年に始まった。現在はプレジデンテ・プルデンテ市の司教を代表に、教皇庁「列聖・列福聖省」へ手続きをすすめている。
 同調査委員会ではすでにポ語版で中村神父の伝記を編纂し、その他の詳細な調査書を含めて同省に送付済み。同伝記は今年五月ごろに『中村長八神父小伝』として聖母の騎士社から日本でも出版される。
 ブラジル側でまとめたこれらの調査書は、今後バチカンで結成される特別委員会で審議が重ねられ、尊者の認定が決まる運びだ。
 青木神父は同神父の認定目標を尊者よりも称号が高い福者、聖人登録にあると説明する。そのためには同神父の奇跡を立証する資料をまとめ、ローマ側からのブラジル調査団、省内の神学者委員会、枢機卿委員会、教皇の認可を得る「長い道のり」になるという。
 そうした点から同調査委員会は、登録者の没後から十年、百年単位でかかる審査手続きを迅速に進めていくために、現職日本人枢機卿の一人である濱尾文郎氏(バチカン在住)に、同神父の列福調査を促す依頼をしたという。
 青木神父は、列福の申請はお金と時間がかかると前置きした上で、「移民の心の父として慕われた偉大な日本人が尊者として認められ、さらに福者、聖人として全世界に彼の聖徳が立証されてほしい」と期待を膨らませている。
 カトリック中央審議会のホームページによれば、中村神父のほかに、戦国時代の代表的なキリシタン大名である高山右近、サレジオ修道会のチマッティ神父、イエズス会のペドロ・アルペ神父(ローマで逝去)が日本にゆかりのある人物として列福申請がなされている。

image_print