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「ブラジルが懐しかった!」=『響ファミリー』=〃再帰国〃前に感想

2007年7月12日付け

 「裏も表もなく、全員で楽しみたい」。コロニア芸能祭、ピリツーバ、老人クラブ連合会本部、マリンガの老人クラブ・和順会、マリンガ州立大学、こどものそのなど、短い滞在期間に多くの公演をこなして、舞台を沸かせた、コロニア育ちの大衆演劇劇団「響ファミリー」。〇八年の百周年祭ではアニェンビーの講堂や、地方での巡回公演を計画中だという。日本への〃再帰国〃にあたり、日本での活動、ブラジル公演の感想と今後の抱負を聞いた。
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 「地方によって、微妙に食べ物の味が違うでしょ。それと同じようにどこにいっても、お客さんの反応はそれぞれ。形を決めてしまうのではなく、雰囲気を盛り上げるようにどんどん変えていく。それが、僕らのやり方」。
 自信を持って「響ファミリー」を語るのは、団長の彬斗さん(本名=松井滋樹、26)。六歳から日本舞踊をはじめ、コロニア芸能祭に毎年出場してきた。
 「芸能祭で『まぶたの母』を舞ったときに泣いているお客さんがいてさ。あ~、ステージは伝わるもんなんだって思って、プロになろうと決めたんですよね」。〇一年に訪日し、四年間の修行の末、弟の一真さん(22)、悠嘉さん(本名=前島理恵、23)とともに「響ファミリー」を結成する。
 ブラジルに帰国した印象は「懐かしいの一言」だったという彬斗さん。日本では「人間関係――、たて社会にもよこ社会にも悩んだ」。「日本は、自分の思っていることを言えないときもある。従うことも大事。伝えることも大事。きついけど、しんどいのはどんな道を選んだって同じ」。
 初めての挫折。そんな時、慰問で訪れた老人ホームで人の心の温かさを感じ、ブラジルのころを思い出し、「懐かしかった」。
 「舞台を見に行けない人がいる。耳の聞こえない人がいる。皆で一緒に楽しめるショー、ステージを作っていきたい」。心新たに、今まで活動を続けてきた。
 現在は三人で営業も行い、日本全国を渡り歩いて、月平均十本の公演をこなす。昨年末にはディナーショーも開催した。「やっとこういう風に公演をしていけるんだなってところです」と笑顔の彬斗さん。
 一真さんは四歳から兄について舞踊を習い、遊びで訪日した時に「見せること」に目覚めた。悠嘉さんは、ファミリーの一員として活動を始めてから、舞いを始めた。「ずっと(日舞を)やってきた二人に対して自分だけできない。何がいいか基礎すらもない」。そういうプレッシャーと戦いながら、稽古に励み、舞台に立つ日々だ。
 ブラジルでの公演を終え、悠嘉さんは「ブラジルの人たちは心が違う。一歩踏み込んだ上で、自分の話をして、私の話を聞いてくれる。来てよかった」と笑みを見せた。彬斗さん、一真さんは旧知の人に再会し、「自分たちも楽しめた」と感想を語った。
 彬斗さんは「拠点は日本。でもブラジルでも公演をできるようにしたい」と将来を見据える。
 「僕らは本当にいい人に出会い、恵まれていた。心の温かいお客さんに育てられた」と感謝の言葉を述べ、「パワーをお客さんに与えて、元気になって帰ってもらえたら一番です。僕たちのやっていることで恩返しができるなら、そのために大きくなれるよう頑張ります」と力を込めた。

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