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緑の大使=谷本知美さんコロニアを魅了=涙あり笑いありの2時間半=千百人が文協大講堂埋める=「移民のこと伝えたい」

ニッケイ新聞 2008年10月29日付け

 「ブラジル緑の大使」の歌手、谷本知美さんの百周年記念公演が、ニッケイ新聞社主催で二十六日に文協ビル大講堂で行われ、ほぼ満席の約千百人が会場に集まった。白の振袖姿、後半は坂本冬美さんから贈られたという山吹色の振袖姿で約二時間半を歌いあげ、高い歌唱力と元気いっぱいの明るさで会場を魅了。美空ひばりメドレーでは、時間をかけて会場を回り一人ひとりと握手。最後は、初来伯がきっかけとなり知った移民百年の長さ、移民の努力や苦労に谷本さんは涙し、「ブラジルに来て今公演の本当の意味がわかりました。日本に帰って移民のことを伝えていきたい」。会場からは大きな拍手、もらい泣きする姿もあり、スタンディングオベーションで幕を閉じた。
 男歌「角番」で力強く幕が開いた谷本知美さんのサンパウロ市公演。大きな拍手や「知美ちゃーん」という声援がおくられ、待ってましたとばかりに始まった。同曲は、坂本冬美さんから譲り受けた猪俣公章氏作。楽団ザ・フレンズと日本から来伯したギター奏者の桜田久男さんの生演奏に張りのある声を乗せ、会場を一気に引き込んだ。
 続いて「大阪好きやねん」で「ブラジルも好きやねん」と替え歌。「北海育ち」では「よいしょー」と一緒にこぶしを突き上げた会場に「バレウ!(Valeu)」とポ語を話して笑わせるなど、客席を楽しませていた。
 「石狩挽歌」「津軽海峡冬景色」など、地名の入った昭和の名曲を伸びやかに歌った後は、「昔、こうして空を見上げふるさとを想った人がたくさんいらっしゃるんだろうな」と、「ふるさと」を全員で合唱。そして、ブラジルに移民する人を見送った体験をもとに作詞された百周年記念曲「緑の風よあなたに届け」を真剣な眼差しで披露した。
 続いて、美空ひばりメドレーを歌いながら客席を回り一人ひとりと握手や写真撮影。熱のこもる会場に、化粧が落ちるのを心配して「私大丈夫?」と笑いをとる谷本さんにハンカチが届けられるシーンも。
 今年デビュー十周年を迎えた谷本さんは、今回が初の海外公演。明るくユーモアのある人柄で時折素の表情を見せながら、高い歌唱力、演出力でプロとしての貫禄を見せつけ堂々と前半を終了した。
 後半は、まだ始めたばかりという三味線を弾きながら「木更津甚句」で始まり、「東京だョおっ母さん」「津軽のふるさと」などを熱唱。続いて持ち歌「夢待ち通り」を元気良く、「なみだ駅」「汐風の駅」などをしっとりと披露。途中、サンパウロ市議会からオメナージェンのプラッカが手渡された。
 谷本さんは二十二日にリオ公演、二十五日には憩の園で歌い、日系人の家にも訪問した。公演の終盤で、今回の初来伯がきっかけで日本人移民の歴史を初めて知ったと話し、「日本に帰って伝えていきたいなと思います」と涙を流し、会場からは温かい拍手が送られた。
 短い滞在で感じた様々な想いを込め、最後に「緑の―」で再度熱い歌声を響かせ、アンコールで「北海育ち」を賑やかに歌ってスタンディングオベーションで幕が閉じた。公演後、谷本さんのサイン会には長蛇の列が並び、最後まで笑顔で応えていた。
 来場した小野幸子さん(50)は、「明るさがすごく良かったし、歌もパンチ力があっていい。上手だったね」。「知美ちゃんも会場も、楽団も泣いた。こんな感動的で一つになれた公演は今までになかった」と話していたのは、司会を務め、その道四十年の藤瀬圭子さん。
 プロデューサーを務めた吹矢正行さんも、「彼女が泣くなんて今までになかった。短期間で多くを吸収して成長したんでしょうね。ぜひ来年も来ます」と意気込みを話していた。

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