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ピラール=日青ボ・源さん送別会=地域全体から惜しまれ=「ゆかり先生大好き」

ニッケイ新聞 2011年6月28日付け

 聖南西地区のピラール・ド・スール日本語学校(校長=上芝原実夫、かみしばはら・さねお)で日本語教師として2年間活動してきたJICA青年ボランティアの源ゆかりさん(27、兵庫県)が月末に帰国するにあたり、送別会が22日に同地会館で行われた。

 源さんは神戸市出身で、中高校、大学をそこで過ごした。青年ボランティアとしてピラールで過ごす2年間が初めて親元を離れる一人暮らしであり、海外生活も今回が初めてであった。「ブラジルは遠いし危ない」と反対した両親だが、昨年末母親が当地を訪れた際、当地の人々の温かい心に触れ感激し、「娘をブラジルに送り出して本当によかった」と安心して帰っていった。
 「外国で日本語教師をすることは学生の頃からの夢だった」という源さんは赴任した時はドキドキし、「笑顔を忘れないでいく」と心に決めた。
 その言葉通り学校では常に明るい笑顔と元気な声を子供達に振りまき、日本語学校を盛り上げ、様々な文協行事にも積極的に参加して日系社会全体を盛り上げてきた。
 送別会は文協会長安達弘氏の挨拶で始まり、学務理事豊田一夫氏、上芝原学校長、父兄会長金子ミルトン氏から感謝と2年間の労をねぎらう言葉があり、文協から記念品が贈られた。
 源さんの担当クラスの生徒だったペレーラ・カロリーナさん(14)が生徒代表の挨拶を志願し、「ゆかり先生と会った時はビックリしました。それまでの先生とは違い最初から元気に話にきてくれた。ゆかり先生と一緒にいてとても楽しかった。みんなゆかり先生の事が大好きです。大人になっても忘れません」と別れを惜しんだ。
 その日本語での流暢な挨拶からは、源さんの2年間の指導の成果が感じ取れ、生徒の心のこもった言葉に涙する人も見られ、会場からは万雷の拍手が起こった。
 源さんはポ語が得意ではないが、言葉の違いでこれまであまり話をすることができなかった保護者にも感謝の気持ちや想いを直接伝えたいという希望で、挨拶を日ポ両語で行った。涙声になり時折声がつまりながらもしっかりとした口調でメッセージを贈った。
 「ピラール・ド・スール日本語学校は本当にすごい学校だと思う。お父さんお母さんは仕事もあるのに1年中たくさんある行事を手伝い、文協や婦人会の皆さんは学校に孫がいるいないに関わらず、皆が教育のことを大切に考えてくれ、支えてくれている。一生懸命な父兄、文協、教師の力が合わさったから、今の強いここの日本語学校がある」と2年間の活動を通じて自身が感じとったことを述べた。
 保護者や子供達を始め会場全体は、源さんの挨拶を聞き取ろうと静まり返り、涙をふきながら源さんの口から語られる言葉をかみしめていた。
 その後、乾杯があり夕食会に移ったが、源先生の周りには子供から年配者までお別れの挨拶を交わしたり餞別を渡したりする人たちが絶えず、「また戻っておいで」「このままずっといたらいいよ」という言葉が何度も聞こえてきた。学校の生徒だけでなく地域の日系社会全体から親しまれてきた様子が伺えた。

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