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盛り上がるクリチーバ日系=50年の歩みふり返る=現10代が150年祭の主役=「民族文化は州民の誇り」=最終回

ニッケイ新聞 2011年7月26日付け

 民族芸能祭への参加団体で最も新しいのは、07年に創立した琉球国祭り太鼓クリチーバ支部だ。08年から民族芸能祭に参加し始めた。4回目となる今年は、サンパウロ市やブラジリアからも応援が駆けつけ、総勢50人の演技を舞台狭しと繰り広げた。
 クリチーバ生まれの丸尾健爾代表(けんじ、26、三世)は、「毎年メンバーが増えて今では70人になった。あちこちで公演するのでそれを見て入ってくる。新人の練習が課題」という。
 半分は沖縄系子孫だが非日系も入っており、公演終了後は舞台上で輪になって反省会をし、感動の余り泣き出すメンバーもいた。最後に全員で発声して解散する姿からは、若者らしい団結心の強さが伺われた。
 同地の文協関係者は「いろんな団体が出演するようになると、その家族や友達が見に来るから、だんだん客席が埋まるようになった」と口をそろえる。若者団体が次々に誕生し、育っていく連鎖から、自然に客層も拡大していくようだ。
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 本公演の開会の言葉で主催団体のパラナ州民族間協会を代表して、ロジェリオ・フロル副会長は、「開始した当初は誰も50回まで続くとは想像もしなかった。でも舞台で感動して涙した子供が大人になり、自分の文化に情熱を持ってこの舞台に戻ってくる。そこにはパラナ州民としての誇りがあり、ここほど民族文化が保存されている地はない。今晩もその一端をじっくり楽しんでほしい」と高らかに宣言した。世代を超えた文化継承は、最初から民族芸能祭の目指すところだった。
 パラナ州政府が先頭に立ってこのような舞台をお膳立てすることで、各民族が競い合って文化伝統の継承に力を入れ、再活性化している。政府と民間が一体になった長期的な文化事業だ。
 大島総合コーディネーターが終演後にフロル副会長と話をした時、「他の民族系の公演と比べて、日本グループは客席も演技する側もあまりに規律正しく時間通りに進む様子にとても驚いていた」という。世代を超えて、オルガニザソンがしっかりしているという伝統が引き継がれている。
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 元会長の山脇譲二さんは「日系も年々進歩している。若者がこれだけやるようになったのは頼もしいこと。いくらレベルが良くても高齢者だけの文化活動は将来が心配だからね」。山脇さんは南パラナ民謡保存会を代表して、同民族芸能祭の主催団体であるパラナ州民族間協会の会長も3年務めたことがある。盛和塾クリチーバの代表も務め、今年4月からは市議(PSDB)に繰り上げ当選した。
 同地日系活動の最初から関わりつつ、それを地盤にして市政にも反映させている。文化と政治と経済が混然一体となって日系としての存在感を強める。これこそがあるべき姿の一つの形かもしれない。
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 北パラナから流れ込んだ日本文化に強い愛着を持つ二世が州都での日系活動を再活性化させ、その子供世代(三世)が百周年で新団体を創立する動きが顕著となっている。
 若者グループほど日本語力が弱い傾向はいなめないが、間違いなく活力には溢れている。若者向けの日系文化活動は非日系人を巻き込んで、さらに一般社会への影響力を増しつつある。この百周年前後に生まれた新しい流れが、移民150周年の主力になるに違いない。(終わり、深沢正雪記者)

写真=琉球国祭り太鼓クリチーバ支部の演技


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