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大日方伝と競演したスイス移民=健在のベレナさんに聞く映画『南米の曠野に叫ぶ』=家族総出で撮影に協力

ニッケイ新聞 2012年1月24日付け

 コロニアで制作された唯一の本格劇映画『南米の曠野に叫ぶ』(1955年、PCL映画製作社、佐藤吉典監督)は円売り事件を描いた〃幻の映画〃として有名だ。戦前に小津安二郎監督などの映画に主演して有名俳優となり、戦後当地に移住してモジで農園を経営していた大日方伝(おびなた・でん)が主演している。その恋人役を演じたのがベレナ・スタウデルさん(76)=聖市在住=だった。当時の制作陣の大半が亡くなった現在、当時の様子を語れる数少ない人物だ。

 シダーデ・ウニベルシタリア区の自宅を訪ねると、ベレナさんはドアを開けるなり、「コンニチハ」と日本語で挨拶した。「60年前に台本読んで覚えたきり。それ以来日本語を使わないからすっかり忘れたわ」と映画を髣髴とさせる、とびきりの笑顔を浮かべた。他にも「あなたを愛している」という大日方伝のセリフはしっかりと脳裏に刻まれているという。
 パンフレットの映画制作会社挨拶をみると、「当伯国は勿論遠く祖国日本並に諸外国で上映されるのでありますが、その機は必ずや世界七不思議の一つとされた終戦後の伯国における日本人社会の混乱の真相が解されるものと信じます」とあるが、現実には激しい妨害にあい、2、3回上映されただけでお蔵入りとなった。
 『シネマ屋、ブラジルを行く』(細川周平、新潮選書、99年)は、この映画を「これは一世が作った唯一の本格的な劇映画であり、歴史的価値はきわめて高い」(143頁)との評価を下し、「サスペンスと恋愛をほどよく混ぜながら、戦後の日系社会の悪を告発するというしっかりした内容を持った作品」(135頁)と説明している。
 同書によればロケは54年7月4日からで、聖市から西に約150キロ、イタペチニンガ市のスタウデル家牧場で行なわれた。同家からは娘ベレナさんに加え、両親、兄弟まで出演した。
 ベレナさんはスイスのフリブルゴ生まれだという。「家族で移住したのが1950年です。父は戦前には銀行重役、戦争中は召集されて中佐でしたが、『もう戦争がないところへ行きたい』と移住を決意し、ブラジルに来たんです。戦後、同胞の多くはカナダへ移住したんですが、父は『もう雪は見たくない』(笑)っていってブラジルを選びました」と家族史を語る。伯人女性役で出演しているが、実は彼女も移民だった。
 居間のピアノの上には厳格そうな父フランツさん(故人)の顔写真が置かれている。地元のバンデイランテス組合が仲介して映画のロケ地として使う話が来た時、「農業をやっている関係で、日本移民とはその前からアミザーデがあったから父は喜んで引き受けた」という。ベレナさんは高校時代に演劇をやっていた経験があり、誰もが認める美貌だったことからトントン拍子で出演が決まった。
 「映画の台本を読んで初めて勝ち負け抗争のことを知ったの。ドイツ人もまったく同じだと思ったわ。誰だって負けたなんて思いたくない。どんな民族もそんな一面を持っている。起きたことは隠したりせずに、厳正に受け止めないと」と考え、家族総出で協力したという。勝ち負け抗争に関心がある人には一見の価値がある映画だ。

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