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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2012年12月12日付け

 地下鉄の中で新聞を読んでいて、ふと目を上げると、目の前の男性が笑顔でこちらを見ている。思わず微笑み返すと、今度は横にいた男性も話しかけてきた▼この時読んでいたのはニッケイ新聞。比較的揺れの少ない地下鉄は、ひどく混んでない限り新聞を読む場になり、朝はポ語、帰りは日語の新聞を読むのが日課の一つだ。ポ語の新聞の場合は注目を浴びる事は少ないが、日本語の新聞を読んでいると、好奇心に駆られた人から話しかけられる事も多々ある▼先の二人も「どうやったら読めるんだと思ってみていた」などと言い始めるので、「こっちだってブラジルに着いた頃はポ語の新聞がチンプンカンプンだったよ」と答えたりしている内に降りる駅に。別れ際に肩を叩き「ボン・ナタール(よいクリスマスを)」と言ってくれたので、「プラ・ヴォッセ・タンベン(あなたにも良いクリスマスを)」と言葉を返した▼忘年会や仕事納めなどと言い出す頃は忙しさに心がすさむ時も増えるが、「忙しい」という字は心を表す「りっしんべん」に「亡くす」。同じように「心を亡くす」と書くのは「忘れる」だから、何かに心奪われて自分を亡くしたりするような状況が「忙しい」であり、「忘れる」なのだと改めて思う▼ばたばたしていると、大切な事を忘れて落ち込んだり周囲の人にイライラをぶつけたりといった事件も起きるが、初対面の人との別れ際に「ボン・ナタール」と言えた男性の心の中には、喜びや平安が満ちているのだろうとうらやましくもなった。凡人には、どこを切っても喜んだ顔の金太郎飴になるのは難しい。(み)

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