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藤本パトリシア被告出廷か=国外犯処罰=湖西市女児ひき逃げ事故=24日にジョインビレで尋問=判決は聖市地方裁で

ニッケイ新聞 2013年4月20日

 【既報関連】2005年10月、静岡県湖西市で起きた女児死亡ひき逃げ事故で、事件後まもなくして帰伯逃亡した藤本パトリシア被告の国外犯処罰裁判の尋問が24日午後、彼女の住むサンタカタリーナ州ジョインビレ司法区の裁判所で行われることが決まった。同裁判所によれば、当日は被告人尋問のみ行われ、その証言をもって判決は聖市ピニェイロスの地方裁で下されることになる。

 「このままウヤムヤになるのでは」—。事故で亡くなった理子ちゃんの母、山岡理恵さんは、裁判の進行状況を問う本紙宛てのメールに、こう不安な気持ちを明かしていた。関係筋からは「パトリシアが住む町で公判が行われる予定だったのが、引っ越していてまた延期になった」と説明を受けていたという。
 初公判は昨年7月30日。聖市ピニェイロス区の地方裁に同被告は健康上の理由で出廷せず、尋問は先送りとなっていた。報道陣の取材に応じた担当検察官によれば、次の尋問は2カ月以内に開かれる見込みだった。
 初公判では被告の父親と姉が出廷し、本紙の調べでは次のような証言をしていた。姉ヴィヴィアーニさんは「(山岡さんの)バンがすごいスピードで走ってきたとき信号は青で、一瞬のことで何もできず衝突したと聞いている」と証言した。「被告が山岡家にお悔やみに行かなかったのはなぜか」との質問に、「派遣業者から行かないように言われ、日本では拳銃でなくナイフで解決すると脅された。山岡さんらが近くに住んでいたから何かされるのではと匂わすような言い方だった」と答えている。
 姉は動揺して涙を流す場面もあったといい、「事故当日に妹は解雇され、派遣業者は事故に巻き込まれたブラジル人は雇いたくないと言った。私は数日働いた後でクビといわれて、すぐにアパートを出ろといわれた。給料も支払われず、アパートの鍵は勝手に取り替えられた。何枚かの服だけ持ってお金もないし、父も母も4歳の子供もいるのにホームレスになるわけにはいかなかった。日本を出る以外に選択肢がなく、どうしようもなかった。日本を出るまで2日間駅で寝た」と訴えた。
 父ヤスヒロ氏は「事故現場には、大きな車が信号を赤で突っ切ったと言っていた日本人がいた」と証言した。事故死した理子ちゃんがチャイルドシートに座っていなかったにも言及し、「もし座っていたら100%助かっていたと思う。娘の車に乗っていた孫もシートベルトをしていたから軽い傷で済んだ」と指摘した。
 ピニェイロス地方裁職員によれば、3月13日に被告人尋問がジョインビレで行われ、被告は出廷して証言を行った。ところが、その録音が聖市に送られたところ、音声不良で聞き取ることができなかったため尋問のやり直しとなり、この度再び行われることになった。同被告がどのような証言をするかが注目される。
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 パトリシア被告は05年10月に湖西市内で山岡理恵さんの運転する車と衝突事故を起こし、理子ちゃん(当時2歳)が死亡。被告は家族と共に帰伯逃亡していた。09年、遺族は日本政府を通じて国外犯処罰(代理処罰)を申請していた。

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