ホーム | 文芸 | 連載小説 | ガウショ物語=シモンエス・ロッペス・ネット著(監修・柴門明子、翻訳サークル・アイリス) | ガウショ物語=(38)=勝利の天使=《2》=彼の名はベント・ゴンサルヴェス

ガウショ物語=(38)=勝利の天使=《2》=彼の名はベント・ゴンサルヴェス

 わしは仔牛のあばら肋骨に食いついたダニよろしく代父にぴったりくっ付いていた。代父が行くところについて行き、通りすぎればわしも通りすぎ、攻撃すれば攻撃し、退却すればわしもそうした。
 そんな騒ぎの最中に、わしのポンチョはときどき風で膨れあがり、灰色の旗が風で空に舞うように、バタバタと翻った。
 ベント・ゴンサルヴェス少佐は味方が団結した体制を整える時間をかせぐため、敵の攻撃を引き留める騎馬隊を組み、勇敢に持ちこたえた。
 戦略にた長ける敵は日が昇るやいなや荷車を留めてあった草原の叢に火を放った。折悪しく追い風で、奴らが好き勝手に略奪しているうちに、ものすごい煙がわしらの方に流れて来て何もかも覆い隠してしまったんだ!……
 するとアブレウ将軍は丘の上に騎兵中隊を編成した。わしの代父もその一組を任された。
 編成を終えると、荒々しい鼻息のあし毛馬にまたがり、兵士の士気を鼓舞する短い演説の後、先頭に立って突撃した。
 何と大胆な老人なんだ! 鐙をしっかりと踏み、軍帽を頭のてっぺんに乗せ、きらめくサーベルで指の延長のように行く手を指し示した。先陣を切って勾配を駆け下りると、まるでハマブドウの木でできた太い杭に、ニャンドヴァイの堅い木で作った楔を打ち込んで真二つに割り裂くみたいに、群がる敵の真っ只中に突っ込んでいった。そしてその通った後には、あたかも野生馬狩りの時のように――お前さん、見たことあるかな?――おびただしい死体、逃げ惑う者や傷ついた者、瀕死の者などが残されたんだ。
 反対側まで突き抜けると「止まれ!引き返せ!」と命令した。騎馬中隊が体制を取り戻すや否や、兵士等はホッとして笑いながら互いに声を掛け合い、馬は血の臭いを嗅いで鼻の穴を大きく広げて鼻息を荒くし、この只ならぬ喧騒に耳を前後にせわしく動かしていた。老将軍は再び先頭に立つと「皇帝陛下万歳!」と叫んだ。そして「突撃!」と命令を下した。
 そして、また草原で激戦が繰り広げられた。
 しかし生憎なことに、わしらは濃い煙に巻かれてしまい周りが見えなくなって、攻撃などできなかった。わしが何の気遣いもなく暢気にポンチョでイラリアンを扇いでやっていると、先頭と側面に銃撃戦が突発して、銃剣隊が襲いかかり、カルバリン砲の弾がとんでもない方角から飛んできた!
 わしらの騎馬隊は蜂の巣をつついたような騒ぎで、とてつもない苦境に追い込まれた……。わしらは銃撃に蹴散らされ、騎兵も馬も倒れて起きることができず、終いには仲間同士でけんかを始める始末だ。そうなるとお前さん、わしも巻き込まれてしまってな! そうこうしている時、突風がきて煙を吹き飛ばし視界がハッキリすると、何と、あんな惨事をしでかしたのは味方の歩兵隊だったということが分かったんだ……。
 そして、怒りと哀しみの大きな沈黙が戦死者や負傷者の上に漂った……。声にならない言葉で赦しを乞うように、あるいは、仲間を偲んですすり泣くかのように……。
 遠方にいた敵は不利になったと勘違いして退却を始めた。わしらの司令部も同じく退却の命令を下した。
 そうなると、たちまち混乱が始まって、男達は数人ずつの群れになってあちこちに散らばって行った。一部の兵士らは銃の火付け石や弾薬袋を捨てて行き、多くの卑怯な連中は女を連れてなり振りかまわず逃げ去った。
 軍隊の半分は一息つくために引っ込んだ場所に野営し、残りの半分は列をなして移動した。
 副官達は秩序を保つため馬で見回っていた……しかし、実際には隊全体が敗北戦から逃げ出したようにみえた。しかも全ての原因は単なる自分達の無規律だったとなると、全ての気力が抜けてしまったのだろう。
 「勝利の天使」は戦場に残った。騎兵中隊の先頭だったその場所で、体中に銃弾を受けて、死んでもまだ折れたサーベルを握ったままで。
 わしは代父を探し回った。弾丸で肩甲骨が炸裂し、死んでいる黒馬の横で息を引き取っていた。その傍らにボロボロになった槍をまだ握り締め、傷だらけのイラリアンが倒れていた。すでに意識はなく、ただ呻き苦しんでいた……。
 わしは馬の首に覆いかぶさって泣き出した。
そして、「とうさん代父!代父よう!……」と呼んでみた。
 「イラリアン!おいらの代父!」
 馬から飛び下り、呼びながら近づいて行った。代父!……、代父!……。既に冷たくなっている手に別れの口付けをした。そしてシルーの袖を引っ張ってみたが、もう動かなくなっていた……。
 わしは見るともなしに、隊列が遠ざかって行くのを眺めていた。そして何のためかも分からぬまま馬に乗ろうとした時……、とつぜん自分が独りぼっちだということに気が付いた。見放され、浮浪のガウショ、だれも世話などしてくれる者もなくなった自分にな!…
 やがて、どうやってか分からないが、わしはもう馬に乗っており、零れ落ちる涙がポンチョを濡らしているのにも気が付かないでいた。わしの目はあのあし毛馬、折れて柄だけのサーベル、さらに金モール飾りの軍帽に釘付けになった……。
 その時、わしの髪の毛は逆立ち涙も引っ込んでしまった。わしは明らかに聞いた。確かに、この耳で聞いたんだ。すでに死んでいるあの雄々しい老兵「勝利の天使」が、力いっぱい「皇帝陛下万歳! 突撃!」と叫ぶのを。
 わしのポンチョは風を受けて膨らみ、鳥の翼のように羽ばたいていた。老いぼれ馬は脅えて後退りしながら荒い鼻息をあげた……そして我に返ったとき、わしは馬の背にしがみついて、逃亡する兵士らの群れの中にいた……。
 イヤァー、ずい分と冷や飯を食ったもんだ……。お前さんよ、わしはガキだったがもう世間を渡り歩いていたのさ。(「勝利の天使」終わり)

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