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San Paolo/Sao Paulo -5- ウサギは火曜日に限る

グルメクラブ

11月19日(金)

 月曜日より火曜日に、休みの疲れがどっと来る体質のようだ。暑い季節はさらにひどい。だから、最近は火曜日の昼食に人一倍、気を使っている。
 牛はいけない。仕事のペースがますますのろくなってしまう感じがしてしまう。魚は跳ねていいのだが、体力・気力の底上げをたくらむときには、イメージ的にちょっと淡白じゃないか。豚はフェイジョアーダの土曜日に、鶏の丸焼きは家族団欒の日曜日にいつも食べているしなあ。
 で、脂肪分の少ないヘルシーな肉として注目を集めているウサギに、白羽の矢が立った次第。ウサギは繁殖力に優れているため、西欧では豊穣の象徴だ。日本では巨人軍のマスコット・キャラクターとして活躍している。「ジャビットくん」(ジャイアンツ+ラビットの造語)の愛称で親しまれ、「頭脳的でスピード感溢れるプレー」を目指すチームのシンボルだ。萎えた気分を吹き飛ばしてくれそうな勢いがある。さらに、バニーガールまで頭をよぎり、元気一杯! よーし、毎週火曜日は、ウサギ(ウナギもいいんだけどブラジルでは難しいから)でも食べて精をつけようと思い立ったのは、夏時間の始まる頃のことだった。
 しらみつぶしに、サンパウロ市内でウサギ料理を提供する店を調べた。どうやらここが良さそうだ。地図にはウサちゃんマークを記した。確かこの辺だが。勤務先のリベルダーデ区から、ウサギを追いかけ、私は街の奥へ奥へと、わけ入っていく。 ウサちゃんマークがなければ決して歩かなかった裏街の風景を目に焼き付け、行き止まりのヴィラに迷い込み、ようやくベラ・ヴィスタ区まで来た。サント・アントーニオ街。ミニョコンにつながる高架道下のうす暗がりを抜けると、お目当てのイタリア料理店「イル・カチャトーレ」の看板が見えてきた。
 古ぼけた一軒家。でも軒先から、ここは美味いものを出すレストランだという匂いを感じ取った。玄関をくぐると、右側に非喫煙者のための食卓が並び、左へ向かうとスモーカー用の部屋。截然と分けられているのが印象的だった。前者はガラス窓からの採光も良く、インテリアは洗練された雰囲気。全体に薄暗いのが後者で、黒い材木を基調とした内装は山小屋風、どっしり重厚だ。ぶどう酒の樽、銅製の大鍋といった飾りがその場によくなじんでいる。
 店名のカッチャトーレは狩猟の意味。ならば、喫煙者向けの部屋を選ぶのが正解だろうか。一九五二年、イタリア北部ロンバルディ州出身の移民が創業したこのレストラン、野禽獣料理の名店で知られる。そのため、南部イタリア系が経営するカンチーナには欠かせない格子のテーブルクロスは見当たらない。天井から無造作に酒瓶がぶら下がっていたり、写真やポスターが壁をベタベタ埋め尽くしている乱雑さもない。
 一般にサンパウロでイメージする陽気なイタリア大衆料理店とは趣きがまったく異なる、この落ち着き。スイス料理のレストラン風情さえあるのは当然か。ロンバルディア州の北半分は、スイスと国境を接する山間の地域。ナポリの湿った路地裏で揺れる洗濯物や、シチリアのマフィアとは無縁の、品のいいイタリアらしさだ。
 テーブルに着いた私は、落葉樹の葉が紅く染まるイタリア北部の山野で、銃を構える自分を思い描いた。一歩店を出れば初夏の日差しでも、部屋の照明は秋色アンバーだ。たそがれの野を、落ち葉を踏みしめながら獲物を求め歩いている心持ちがする。猪、子羊、シャコ、ウサギ。メニューを見れば、獲物たちが食べられるのはまだかと待ち構えている。ここで、はるか昔、狩猟生活を送っていた時分の記憶がよみがえり、野性本能がメラメラ燃えはじめた、銃を握る手が汗ばんだ。獲物狙う鋭いまなざしと、力んだ姿勢。隣の給仕は唖然としている。とにかく、ウサギを食べなければ。お薦めという「ウサギの香草白ワイン煮込み」を注文することにした。ウサギ料理といえば、燻製かシチューが定番らしい。
 イタリア料理は地方色が強く、各地方料理の集合体のようなもの。北部はオリーブ・オイルよりバターを使い、南部はトマトを多用する傾向がある。さらに、北部ではパンの代用としてトウモロコシの粉をお湯の中で煮込んで作るポレンタがよく食べられる。これがウサギと一緒に皿に乗ってきた。ウサギは一羽、二羽と鳥のように数えられ、味の方もそれと大変似ているのだが、身の部分が少ないのが残念だ。細い骨が多いのも気になる。高価なものは総じてこのように食べがいがない。チビチビと口に運ぶ。それでつい、ありがたがってしまう。私、週一回のウサギを決意したからには、財布のお金が羽をつけて飛んでいくのを、泣く泣く赤い目で見逃さねばならない。
 創業者はミラノ近郊ヴァレーゼの城に住む貴族に仕えていたという。その腕を買ったサンパウロに住むイタリア系富豪の邸宅に、コックとして迎え入れられた経歴の持ち主だ。現在は息子夫婦が伝統の味を継承している。カチャトーレ。先代は狩りをよくしたのだろうか。あるいは仕えていたという貴族の道楽だったかもしれない。リベルダーデ区からウサギを追いかけるうち、秋深まる北イタリアに辿り着いた。目を閉じれば、遠くに、雪を頂くアルプスが見える。夏の盛り、秋涼を味わいに、ここを訪ねてみる。

 Il Cacciatore
. Rua Santo Antonio, 855 Bela Vista – Zona Sul – 3120-5119,

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