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ブエノスからの「放蕩」によると―4話=秋の訪れをカフェで

グルメクラブ

3月18日(金)

 ブエノスにはどうしてカフェが多いのか。パリ市内に一万軒を数えると言われるが、ブエノスも負けていない。「南米のパリ」たる所以のひとつだ。
 深夜の自由時間は、レコレッタ地区のホテル近くを散策し、疲れたら適当なカフェで休んだ。ときには午前二時杉のこともあったが、客はずいぶん多かった。朝の新聞を読んでから帰宅するという話を読んだことがある。睡眠不足はシエスタ(昼寝)で補う、その発想はスペイン譲りだ。
 どこのカフェもクッキーやチョコレートが豊富で、心惹かれたが、努めてワインを飲むようにした。世界第五位のワイン生産国、グラスでも結構なレベルの品を出してくる。「テラサス」「ノートン」「サレンタイン」「カテナ」「ルイジ・ボスカ」「トラピチェ」と日本にも輸出されている、プレミアムワインメーカーの商品が気軽に楽しめた。アルゼンチン特産の赤ワイン・マルベック種に絞って試飲したが、中でも、絶品とうなったのはカテナ社のワインだった。比較的廉価の「カテナ・アラモス」でさえ、馥郁たると評すべき風味を誇った。
 カテナ社は一九〇二年に、イタリア移民によって設立された。「アルゼンチンの至宝から世界の至宝へ」の宣伝に偽りなし、世界のトップワインとのブラインド・テイスティング(目隠して行なわれる試飲会)で常に最高位クラスを獲得している。二〇〇〇年にはフランス・ボルドーの名門ラフィット・ロートシルトのロスチャイルド男爵とジョイント・ベンチャーを起こし、「カロ」の生産販売に成功。資料によると、ワイン界の権威ロバート・パーカーの批評で、アルゼンチンワイン初の〈五ツ星〉に輝いている。
 「アラモス」はカフェで、グラス一杯九ペソだった。宿泊したホテルのミネラルウォーターも九ペソ、サンテルモ地区の観光客相手のバーで飲んだ生ビールも九ペソ、「トルトーニ」で頼んだ赤ワインのハーフボトルも九ペソ……。この四つの九ペソの間に、ブエノスの物価の高低差がだいたい収まっているようだ。
 本格的な秋の訪れを感じさせた街では、マフラーを巻いて自転車に乗っている若い女性の姿などを目にした。サンパウロの街角でもTシャツよりセーターが、ビールよりワインが似合う季節をやがて迎えるが、ブエノスにあるようなカフェがないのは残念だ。帰国後、周囲にそんなことを伝えると、決まっていい顔されなかった。バールだっていいじゃないか、と反論された。アルゼンチンをあまり誉めるものだから、ライバル意識を剥き、怒り出す日系二世さえいた。ブラキチの友人を数人失った。
 ――わたしにだって分かっている。南米の新大陸に、パリの縮小コピー版をつくってどうすると。ただ、木の葉散る街の景色を、ワイン片手に眺められるカフェが、そこここにあるのは悪くないと思うだけだ。ブエノスのカフェを、いまでも懐かしむのは、この秋の微光のせいだ。

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