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ジャラグアーでエイガを偲ぶ

グルメクラブ

4月1日(金)

 「ダイヤモンドは永遠の輝き」。デビアス社の広告がはっと頭に浮かぶ。四月の誕生石ダイヤモンド。日本のテレビでは今頃、同社のコマーシャルが盛んに流れているはずだ。桜のはらはらと散る季節と重なるから、その永遠性を誇張する文句がより印象深いものとして記憶されている。
 サンパウロ市内で、ダイヤモンドを素材に使った現代美術の展覧会「ヴィック・ムニーズ ディヴァス・イ・モンストロス」展(二十四日まで、アルヴァレス・ペンテアード街112のブラジル銀行文化センター)が開催されている。グレース・ケリー、リズ・テイラー、カトリーヌ・ドヌーブ…二〇世紀の女神たち(ディヴァス)の肖像が、無数のダイヤモンドで模写されているところがミソ。怪物(モンストロス)の方は、フランケンシュタインやドラキュラなどで、素材はキャビア。チョウザメの卵の塩漬けだ。ドドメ色した見た目が悪魔的。
 サンパウロ出身のムニーズはニューヨークを拠点に活動している、現代アート界のスター的な存在だ。チョコレート、砂糖、カフェといった食材を用い、歴史的な名画や著名人の肖像を再構成。それを撮影し拡大プリントする作品で国際的な人気を得た。その手法は「アートより広告の分野に近い」(フォーリャ紙)。四月の今展でダイヤモンドを使用したのは出来すぎ。わたしは、デビアスの戦略が絡んでいるのでないかとにらんでいる。
 というのは冗談で、じつは、マレーネ・ディートリッヒからナスターシャ・キンスキーまで、時代で言えば一九三〇年代から八〇年代、映画黄金期の女神たちの主演作品を集めた上映会「ディヴィナス・ムリェレス」(三月八~二十日)と連動した企画だ。
 話はそれるが、根がミーハーな私は、かつてブラジルに立ち寄った女神たちが宿泊したホテルや、訪ねたレストランが気になる。例えば、イングリッド・バーグマン。ケーリー・グランドと共演した「汚名」(一九四六、アルフレッド・ヒッチコック監督)は、リオデジャネイロが舞台だった。撮影期間中、市内のどのレストラン、バーに足跡を残しているのだろう。ブージオスを愛したブリジッド・バルドー。これは昔の写真雑誌を掘り出せば手がかりはつかめそうだ。まあ、コパカバーナ・パラセやホテル・グロリアの宿帳に、女神の名前を見つけることはそう難しいことではない。ホテル・グロリアでエヴァ・ガードナーはウオッカを一本空けて泥酔、部屋の備品を壊しはじめ、ホテルを追い出されたとかエピソードも豊富だ。
 ただ、サンパウロでの逸話を探し求めるとなると、骨の折れる作業になりそうだ。リオには来ても、サンパウロまで足を伸ばさなかった女優も多いだろうし……。そんな先入観はしかし、マルチンス・フォンテス街のホテル・ジャラグアーで開催中の写真展を目にして消え去った。「ジャラグアー・ギャラリー」。一九五四年にオープンしたホテルを通過した著名人たちの写真が、すばらしい。
 女優ではジーナ・ロロブリジーダ、ジュリエッタ・マシーナ、ソフィア・ローレンのイタリア勢が中心だ。男性陣はアメリカのエロール・フリン、ジンジャー・ロジャース、フランスのミシェル・シモン、アラン・ドロンと多彩な顔ぶれが。サンパウロもなかなかやるじゃないか。
 しばらくホテルの看板を下ろしていたジャラグアーが、新装され営業再開したのは昨年のこと。写真展のついで、ロビーのバーに寄ってみた。一九五〇年代風デザインの椅子のすわり心地が気に入った。長いカウンターがあり、一人で飲めるのはうれしい。
 問題はバーテンダーの技術的欠陥だ。注文したドライ・マティーニが温かった。このバーでカクテルは頼めないと思った。酒の種類は揃っているので、特別な技術を必要としない品を飲んでいる分には満足できそうだが。グラスも悪くないし。よく言えば「穴場」というのだろう、二時間いて、お客さん一組しか見かけなかった。復活を期したホテルも、現実は厳しそうだ。往時の栄華を取り戻せてはいない。「銀幕の女神」も大半が亡くなり、永遠なのはダイヤモンドの輝きだけか。
 十点満点でバーを評価するなら、ヨン…とつぶやいて、写真展のフェデリコ・フェリーニにぎろりと一瞥された。いや、「はっかにぶんのいち」点かな。

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