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(食)風景スケッチ4=男/女の得意な料理とは

グルメクラブ

2005年9月30日(金)

 日本でも未婚の母などいまどき珍しくない。家内の幼友達だってそうだ。
 北国でトラックの運転手をやっている。初めて聞いたとき、へェーと感心したが、女性の自衛隊員やとび職人だっているぐらいだ。
 男のシマだった場所への侵犯がしょうけつをきわめている、もとい、女性の社会進出が著しい昨今、女性を見かけない職場など存在するだろうか。
 と考えて、ひらめいたのは漁船である。もちろん、捕獲対象にもよるだろう。イカならあり得そうだが、マグロはどうか。鉢巻を頭に巻いた女性が南海の巨大マグロと格闘する図は想像し難い。遠洋での漁はまだまだ女性には譲れないナ。
 女性に任せられない料理というのもある。漁の話の続きで言えば、磯の香る料理を作らせたら男の方がうまそうだ。そんな気がする。先日その思いを改めて実感する機会があった。
 サンパウロ州内の約百八十都市が参加してサンパウロ市のアグア・ブランカ公園で今月中旬に開かれた「郷土芸能・郷土食祭り」を見て回ったときのこと。
 北部沿岸のカラガタツバ市の出店で働くのは、二十代から六十がらみの男のみ三人だった。ランベ・ランベやアズル・マリーニョをせっせと作っていた。
 前者はサンタ・カタリーナ州名物としても知られる、ムール貝のリゾットだ。貝は殻付きのまま炊き込まれる。後者は白身魚と、ナニカ種のまだ熟す前のバナナの煮込みだ。未熟のバナナは水に接触するとタンニンが反応して青黒く変色するので、スープは漆黒の原油のようだ。
 カラガタツバの男は素材をぶつ切りし鍋、フライパンに投げ入れている。それを見計らってかき混ぜる男がいる。基本的な調理作業はそれだけ、海の男の料理は、この豪快さが持ち味だ。
 ついでに、陸の男の料理はないかと捜してみた。
 入植当初、女性(インディオをのぞいて)はほとんどいなかった。だから、当時、金鉱を求めて奥地を探検したポルトガルからの開拓者が食べていたのは実際、男の手料理だった。
 そうした移動生活の中から生まれた料理がある。トウモロコシの粉、鶏肉、豆、卵、ベーコンなどを刻み、調味し合わせたもので、ファルネルという。彼らはこれを常備食として、布に包んで持ち歩いた。
 この料理は後年、商取引が盛んになった時代に活躍した荷馬車の隊商たちに引き継がれ、やがて、サンパウロ州を代表する郷土料理クスクス・パウリスタにまで洗練された。そんなことを最近書店で立ち読みした料理学校の教材で知った。
 会場内の多数の都市がクスクス・パウリスタを売っていた。サランラップにくるまれ、丸めてあった。歩きながらでも食べやすい、日本のおにぎりのようだ。その携帯食としての「機能」をいまも重視するあたり、やはりかつてのファルネルの末えいなのだろう。
 小さい頃、母が留守のとき、父が作ってくれたのは決まってピラフだった。フライパンを勢いよく振るのは相応の力がいる。あれも男の料理だとジャカレイ市のブースで思い出した。各種ピラフがウリのレストラン「フェルナンドォン」(電話12・3962・7450)が出店していた。
 直径約一・五メートルの大型フライパンが二つ。やはり女性の働く姿はない。調理人は、カウボーイハット姿の、ヒゲ男たちだ。アメリカ南部のピラフであるジャンバラヤと、鶏肉をふんだんに用いた一品をダイナミックに炒めていた。
 ところで、男として、男には作って欲しくない料理といえば、お粥なんかはその代表格である。お粥には父性よりも母性を感じてしまうからだと思う。
 ピラフが父親の領分なら、母親のそれはお粥ではないか。
 祭りでは、パラナ州に近い、洞窟が多いことで有名なイポランガ市がそのお粥(ミンガウ)料理を郷土食として出品していた。
 頭巾を被ったおばさんが、三、四つの鍋の前を行ったり来たりして、もくもくと調理している。献立は、地鶏のリゾット、ゆで卵、そしてトウモロコシ粉のお粥の盛り合わせだ。添えられたオレンジ色が鮮やかな田舎レモンをしぼって、いただいた。
 淡白だが、それぞれの味わいは、深かった。すべての素材が形崩れるまで煮込まれ、離乳食のようだ。そう考えれば、お粥は、どんな名コックよりも自分の母親が作るものが一番おいしいと思うのも納得できる。
 ああ、この世の中に、お粥ほど甘美な料理があるだろうか。最後に母のそれを食べたのはいつだろうか。
 などとその日の夕飯(焼きそばだった)の時、うちのカミさんに話したのだが、またやくたいもない話が始まったという表情で聞き流していた。
 そういえば、これは妻の手で作られなければならない料理ってなんだろう。にわかには答えられない。

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