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政府開発援助=ODAの現場を行く=――環境の世紀に――=第五回=カトウ博士の遺志を継ぎ=小農に生木支柱栽培普及

7月24日(木)

石塚さんの指導で同栽培を始めたブルーノさん(右)

石塚さんの指導で同栽培を始めたブルーノさん(右)

 「プロジェクトの中心だったあの人が亡くなったことは大きな打撃だった」
 日本側のチームリーダーを務める石塚幸寿さんは、EMBRAPAにいた一人の日系研究者を今でも忘れることはない。
 アルマンド・コウゾウ・カトウ博士。コショウ栽培が専門のこの日系二世は、自らが手がけた研究の成果を待たずに、二〇〇〇年八月にこの世を去っていた。
 アグロフォレストリー(森林農業)と並んで、プロジェクトが力を入れる「生木支柱栽培技術」。カトウ博士が目指したのは、伐採した木の杭をコショウ栽培の支柱とするのではなく、ニン(インドセンダン)やグリリシージア(メキシカンライラック)といった生きた木にコショウの蔓を巻き付けて生育させる農法の確立だった。
 JICAのコショウ栽培開発プロジェクトが進行中のドミニカ共和国を、一九九六年に訪れたカトウ博士は、木の杭を必要としない生木支柱栽培の技術を目の当たりにし、アマゾンにも導入できないかと研究に着手。ニンで手ごたえを感じた九八年にはトランスアマゾニカ周辺に普及を始めていたという。
 アグロフォレストリー同様、ここでも日系人が最初に種を蒔いていた。
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 「杭を作るために木を切り倒すため、森林破壊につながるが、生木ならその心配はない」。ドミニカ共和国のプロジェクトにも参加した石塚さんは、カトウ博士に代わって言う。
 実際、日系農家が始めたコショウ栽培では、長さ三メートル、直径二十センチの堅木を必要としていた。
 生きた木を使うためコショウの生育は通常の約半分の二キロしか収穫できないが、最大の利点は貧しい小農にもコショウ栽培を導入しやすい点にあった。
 日系農家ならば、一本約三レアルの杭を五千~一万本買うのは難しくないが、小農には五百から千本を買うのも大きな負担となる。
 「金のない農家でも杭を買わずに栽培を始められるし、クプアスーなどの熱帯果樹などの有用樹木を増やしていける」と石塚さんは力を込める。
 現在、INATAMでは石塚さんを中心にコショウの支柱木になりうるマホガニーやアンジェローバなどの選抜試験が進む。
 「コショウの寿命はせいぜい七年ほど。コショウが枯れても金になる支柱があれば、その後も植林を続けていける」と長い目で見た環境への利点を説明する。
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 グリリシージアを五十本植えませんか――。
 今年一月、石塚さんはトメアスーの日系農家にある協力を願い出た。
 カトウ博士が育み、石塚さんが受け継いだ生木支柱栽培の普及の本格化。プロジェクトは、貧しい小農がコショウ栽培を導入する際に、グリリシージアを使った生木支柱栽培を進めていく方針だ。
 日系農家で六年間を過ごした後、六九年に独立したブルーノさんは、石塚さんの勧めで畑の一部にグリリシージアを用いている。
 「自分の土地ではすでに切る木がなかったこともあり、興味を持った」とブルーノさん。
 現在の畑では六千本は旧来の農法だが、四百五十本は生木を用いている。
 「最初に農業を学んだのも日系人。これもうまく行けばいいね」とブルーノさんは自らの夢を託す。
 プロジェクトでは、ブルーノさん同様に、グリリシージアを普及したい考えだが、中南米原産でアマゾンでは珍しいのがネックとなる。石塚さんは、余裕のある日系農家にグリリシージアを栽培してもらい、それを小農に提供する方針だ。
 一軒が五年間協力することで、五人の小農がコショウの生木支柱栽培を始められるという。
 「モラルだけでは食べて行けない。生活を確かにする栽培方法が求められている」
 今は亡き日系人研究者が夢を託した生木支柱栽培。確かにブラジルに根付きつつある。(下薗昌記記者)

 

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