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政府開発援助=ODAの現場を行く=――環境の世紀に――=第四回=日系人は先駆者=環境と調和した農法

7月23日(水)

高さの違う木を植えるなど、25年前から混植を実施している笹原さん

高さの違う木を植えるなど、25年前から混植を実施している笹原さん

 アグロフォレストリー。 農業と林業を有機的に組み合わせ、土地を複合的に利用するこの農法は、「持続可能な」システムの代表例として知られ、世界各地で実践されている。
 森林を伐採したり、焼き畑をしたりして農作物を植えると目先の収入にはつながるが、やがて地力は低下していき、新たな森林を破壊せざるを得ない。だからといって、伐採された土地に植林だけを行っても、木が成長するまでの収入が確保できない。
 同じ土地で農作物による短期的な収入と、先行きを保証する木材の双方を得ることで農家を安定させ、引いては森林破壊をくい止めようというのが、アグロフォレストリーの考え方だ。アマゾンでは、インジオが環境と調和した農業の先駆者だが、アグロフォレストリーの代名詞として知られるのは日系農家だった。「アマゾンの農業の歴史で日系農家はパイオニアとして重要な役割を果たしてきた」と地元パラー州育ちのアジウソン所長。
 サンパウロ州やパラナ州と同様に、アマゾンでも「日系イコール農業」の図式は成り立っている。
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 ベレーンから南方へ向かうこと約三〇〇キロ。コショウの名産地として名高いトメアスー移住地は、また「アグロフォレストリーの里」としての顔も持つ。
 粘土質の土がむき出しになったトメアスー周辺の車道の両側には、圧倒的なまでの緑が茂る。
 時折、二〇メートル近い高さを持つカスターニャやマホガニー、アサイーヤシなどと一緒に、主要作物のコショウが栽培されているのが車窓越しに目に飛び込んでくる。
 果物が収穫できたり、有用材として用いることが出来る樹木と、コショウを混植させることにより、コショウが枯死後も同じ土地を活用しながら、農業活動を営める。
 「日系農家がこの地に根付かせてきた有用樹木とコショウの混植を、小農にも普及させることが森林保護につながる」と石塚幸久さんは言う。日系農家が一九七〇年代から行ってきた混植は、現在でこそアグロフォレストリーの代表例として注目され、JICAのプロジェクトでも中軸に置かれている。しかし、それはトメアスーの厳しい自然環境がもたらした偶然の産物に近かった。
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 二九年九月二十二日、大阪商船モンテビデオ丸に乗った移民四十三家族がトメアスー波止場に足を踏み入れたときから、同移住地の歴史は幕を開けた。
 三三年に南米拓殖会社の臼井牧之助が持ち込んだコショウ栽培が日系人の努力により成功。戦後、世界的なコショウブームにより「黒ダイヤ」と呼ばれたコショウ景気により、第二トメアスー移住地を造成。トメアスー一帯は、六〇年代後半までに国内のコショウ生産の四〇%を担うまでに成長する。
 「七〇年の水害でコショウが全滅した」。約二十五年前からコショウとカカオの混植を行っている笹原富雄さんが振り返るように、日系農家が混植を始めたのは、七〇年代の水害や病害がきっかけだった。
 「コショウだけでは食べていけない」とカカオとの混植に始まり、その後日陰の役割も果たすマホガニーやブラジルナッツなどの有用樹木を植え始めた。
 山形県の貧しい農家に生まれ育った笹原さんは、山林を持つ地主の強みを見て育っていた。
 「木さえ育てていれば、いざというときに売って金を作れる」。六九年に独立した後、マラクジャーやクプアスといった熱帯果樹、有用材となるマホガニーなど様々な有用樹木との混植を実践している笹原さんはアグロフォレストリーをこう評価する。
 「自然を破壊しないのが一番。息子の代まで同じ場所で農業ができるしね」
 実際、息子の邦一さんは大学を中退してまで家業を継ぐことに魅力を感じた。(下薗昌記記者)

 

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■政府開発援助=ODAの現場を行く=――環境の世紀に――=第三回=アマゾン救う森林農業=小農の貧困から自然破壊

■政府開発援助=ODAの現場を行く=――環境の世紀に――=第二回=前任2人は途中帰国=赤道直下の厳しい任務

■政府開発援助=ODAの現場を行く=――環境の世紀に――=第一回=100年でアマゾン消失?!=森林管理方法を模索

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