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広島東洋カープ玉木投手里帰り=自主トレーニング=故障を乗り越えて=一軍定着の決意

1月15日(木)

 プロ野球広島東洋カープに所属する、玉木エンリッケ重雄投手(三二)が、三日からブラジルに里帰り。ランニングなどの自主トレーニングを積み、来シーズンに向けて準備中だ。日系ブラジル人選手で唯一、一軍で活躍する玉木投手に話しを聞いた。
 肘、肩、腰と故障を抱えながら、今年玉木投手はプロ九年目を迎えた。針やマッサージなどの体のケアをしながらの九年間。淡々と話す玉木投手の声が一層大きくなる。「こんなのやってられない。やめたい、やめたいと思ったことも何回もあったんですよ。でも、ブラジルの家族に電話で励まされると頑張れたんです」。ブラジルには父重幸さんが、日本には妻と五歳の娘、三歳の息子がいる。
 一九七一年にアチバイア市で生まれる。父・重幸さんの影響で、五歳から野球をはじめた。子どものころは、週末に遊び程度の野球。カスペル・リベロ高校に入学時には、ほぼ毎日のランニングや投球練習を欠かさないようになっていた。
 日本の野球を知ったのは、十四歳でボーイズリーグの世界大会に参加した時。高校卒業後、ブラジル野球連盟を通じて入団テストを受け、三菱自動車川崎に入社し、九六年にはカープ(ドラフト三位)に入団した。
 今シーズン、玉木投手は三十試合に登板し、三勝五敗。「肩のけがが影響し、成績は不本意だった。中継ぎという役割は勝ち負け数が問題ではない」と言いきる。「一軍で活躍することが大切。来季は一軍に定着したい」と今季の決意をあらたにした。
 三十二歳(二月で三十三歳)は野球選手としては”ベテラン”。「若い頃は焼肉が好きだったのですが、いまはさっぱりしたものが好きになっている」と笑う。重いストレートに加えて、カーブ、スライダー、フォークと球種も多彩だが、新たに、シュートも開発中だ。「コンビネーションが大切」と考えての投球を心がけている様子。
 「引退後のことは、考えていない。いまは、目の前の野球でいっぱい」と語った玉木投手。十九日に日本に帰国。二月一日からカープの沖縄(一軍)もしくは宮崎(二軍)のキャンプに参加する。

 

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