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移民100年迎える日系人=青山総領事年初挨拶=「〝したたか〟に生きよう」=〝控えめ〟は美徳でない

1月30日(金)

 [パラナ支局]青山鉱一クリチーバ総領事は着任以来二年を経た。年初、「パラナ新聞」(ロンドリーナで発行、週刊)に年頭の挨拶を寄せ、そのなかで、四年後、移民百年を迎える日系人は「したたか」に生きよう、という考え方を示した。日系人のなかには、気持ちではそうだが、それを活字にするには若干のちゅうちょ(躊躇)を覚える人が多いだろう。青山総領事はそれを代弁するかのように、率直にあいさつとした。
 年頭挨拶は「私なりに日本移民百周年に対する考えを述べてみたい」とし、三項目に分けて表明している。三つは(1)過去百年の成果と評価。(2)日系社会の「一流」からブラジル社会の「一流」へ。(3)「したたかに」生きよう、である。総領事の考えは――
 (1)日系人の過去百年の活躍は、非日系人からも評価されている。百年を機に、初期移民から現在に至るまでの日系社会が歩んできた道程を記録し、その成果と評価を明かにしておくことが必要だ。
 (2)百周年を一過性のお祭りとせず、過去百年の成果と評価を踏まえたうえで、これからの百年を展望する機会にしたい。日系人のこの国における評価は確かに高い。何人(なんびと)も認める。ただ、次の百年も過去百年の評価に甘んじていていいのだろうか。日系人自身がブラジル社会を動かす原動力にならなければならない。そのためには、日系社会の「一流」から、さらに発展してブラジル社会の「一流」にならなければならない。
 (3)日系人に冠せられている「勤勉・誠実・努力」という看板を「したたか」という文字に塗り替える必要があるのではないだろうか。「勤勉・誠実・努力」だけでは、ブラジル人に伍していけない。日本人の美徳とされる「謙遜・謙譲・控えめ・出しゃばらない」などは、ブラジル社会では美徳でない。自分の考えの正しさをあくまで主張し、相手の意見を論破する「したたかさ」が必要だ。日系人は、祖国である日本を模範とし、日本人の美徳を堅持しながら、善良なブラジル市民として生きようと努力してきたが、これからの百年はこのような考え方を見直して、ブラジル人らしく「したたかに」生きる時代にはいったのではないだろうか。

 

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