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教育現場、満ちる矛盾と疑問=日本のデカセギ子弟=心理学者、中川さんが調査=「どうして勉強するの?16歳になれば父さんと同じ給料」

3月 4日(木)

  「十六歳になったら、大学卒のお父さんと同じ給料をもらえるのに、なんで勉強しなくちゃいけないの?」。心理学者の中川郷子さんは昨年九月から十一月までJICAの研究留学制度で、愛知県豊田市の保見団地などでデカセギ子弟の教育状況を調査した。その時に、子どもたちは口々にそのような言葉を問い返してきたそう。教育現場に満ちる様々な矛盾と疑問を目の当たりにし、「これが今までのデカセギの結果なんだなって思いました」と問いかける。
 中川さんが主に調査したのは、日本人住民の間に軋轢が生まれて問題となっている保見団地のある保見ガ丘地区だ。彼女の調査では、昨年八月時点で全九三〇二人の住人のうち、外国人は三七三九人、その大半である三四七七人はブラジル人だそう。
 「いろいろなブラジル商店もあってポ語だけで生活できるから、日本語をおぼえる気がないんですよ」という。彼女は百三十人の子どもを調査したが、「日本語を話すのに抵抗がある」傾向を感じた。「日本語を話したら日本人になる」「日本人になりたくない」という思いを感じたそう。
 ブラジル人集住地には、日本語を話せる古株二世が間にはいって軋轢を緩和する場所もあるが、保見では「日本人と上手にやれる人はブラジル人に関係したがらない」状態にまで悪化しているそう。「掛け橋的な人材が欠けている」。
 また、「バラバラなんですよ、教育が」と哀しそうにつぶやく。例えば日本の小学校に入学し、その途中でブラジル人学校へ転校。親は「学費が高い」と子を再び日本の小学校へ戻すが、しばらくして帰国。仕事が見つからずに再び日本へ。子どもは数カ月の空白期間をおいて小学校へ再々入学、というのもザラ。
 例え学校に通っていても、問題が残る。豊田市にはブラジル人学校が二校あるが、「子どもを落第させたら転校させると、親が教師に訴えるため、学力が備わってなくても卒業してしまう」のが現実。日本の学校も、外国人生徒には日本人同様の成績を義務付けていないので、どんな成績でも自動的に卒業できる。
 学校に行っていてさえ、まともな教育は受けられない。まして、通っていない子どもたちは…。
 「誰も子どもたちのことに本気になっていない」とため息をつく。両親は夜勤や休日出勤も多く、休日は体を休めたい。「ある七歳の女の子が『お母さんにサウダーデなの』というから、おかしいなと思って。一緒に住んでるのと尋ねたら『そう。でも四日も会ってない』と答えました」。
 バイク盗難、麻薬に手を染める若者もいる。「毎週のように団地に警察が来て、ブラジル人中学生とかを補導していくんですよ。みんな慣れっこになっていて、全然驚かない」。
 「最初のデカセギ世代はキツイ仕事に耐えて、子どもを育ててきた。でも、子どもは欲しいものは何でも買ってもらってきているから、我慢ができない。キツイ仕事は三日で辞めてしまう。それで一体、どうするのって思いますよ」
 ほとんどのデカセギは「帰国したい」といっているそう。「でも十二、十三年も過ごしたら帰国できなくなる。便利な生活が忘れられないし、ブラジル社会ではやっていけない人になってしまっている。もちろん、日本社会でも」。
 「これからどうしたらいいのか―。見えないですね、問題が複雑すぎて」。東京都で生まれ、幼少時に渡伯した中川さん。七歳の頃までは、ほとんど日本語だけで育った。それゆえに、自らの体験に重ねた視線をデカセギ子弟に送り、その将来を人一倍心配している。

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