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どう見る今回の在外選挙=―コロニア各界の識者と振り返る

7月22日(木)

  どう見る今回の在外選挙――。四度目の在外選挙権を行使する機会となった第二十回参議院選挙の投票が終わった。全世界で二五・四一%の投票率、最大の票田を抱えるサンパウロ総領事館管内では、初の公館投票に千九百九十九人が「清き一票」に想いを託した。また、海外邦人の声を国会にと、自民党公認候補として出馬した高倉道男さんが話題を集めるなど、「初物尽くし」の感さえあった今回の選挙をコロニア各界の識者とともに振り返る。
 参加者
 網野弥太郎・日系人代表を国会に送る運動サンパウロ支部長
 宮尾進・前人文研所長
 山田彦次・岐阜県人会長
 西山巌・聖総領事館領事
 深沢正雪・ニッケイ新聞編集長
 司会・構成=下薗昌記記者

投票率は低かったか 日本と同等に比較できない

 司会 前回の一五・九三%こそ上回ったものの、過去二番目に低い投票率をどうみるか――。
 網野 基本的に、登録者数が少なすぎるんだ。
 深沢 改めて感じたのは、単純に日本の投票率と比較していいのかどうか。日本だと徒歩、もしくは自転車で行ける範囲に投票所がある。こちらは日本よりも広い、サンパウロ総領事館管内に一つしか投票所がないわけです。そんな条件下での数字を日本と同等に比べるのはどうか。
 宮尾 率をとやかく言ってもあまり意味がない。それより七万人ぐらいの有権者がいるわけでしょう。それに対して、何人が登録しているのがいくらいるんでしたかね。
 西山 今、世界中に七十万人の在留邦人がいて、うちの八万人が登録している。邦人が多いニューヨーク、ロス、ロンドンなどこういう都市ではほとんど登録が進んでいない。
 たとえば、ロンドンは五万人の邦人に対し、二千二百人。五%にも満たないこんな現状なんですよ。だから、まず登録者数を増やすということを一番の優先事項にしないと。
 網野 ロンドン、パリの邦人は定住者なんですか。
 西山 駐在員や学生が多いですね。サンパウロと全く質が違うわけです。
 宮尾 ここは永住者であって他の外国の大都市にいる邦人とはかなり違う。ブラジルは七万人の邦人がいますよね。
 西山 サンパウロはですね五万六千人ほど。そのうち登録者は一万千六百人です。
 宮尾 まあ高い方ですよ。
 西山 管内だけで言うと二〇%以上なんですね。
 司会 全体の投票率でブラジルを包括するのは無理がある。ブラジルの各公館の数字ではどうか。
 深沢 ポルトアレグレなんか五〇%超えているんですよね。
 網野 ここには特殊な理由がある。領事館の廃止問題などで、邦人の関心が高いという背景がある。
 山田 もう一つ疑問がある。これには郵便投票の数字が反映されていない。こうした数字が分からないのに何%だと言っても意味がないのでは。
 網野 その通り。これは未だかつて発表されたことがないんだ。
 山田 新聞ももう一歩踏み込んで外務省なり総務省に郵便投票の数字を聞いてみては。
 司会 総務省にも問い合わせたが、出ないんです。
 西山 これは出ないんですよ。
 深沢 全世界の郵便投票の総数しか出ないんです。
 西山 日本には五万三千の投票所、そこに百八十五公館から集まる郵便投票を仕訳して、どの公館からかのデータを取るのは不可能らしいです。全体の数しか分からない。それが四千三百四十二票です。
 深沢 ただ、今後の選挙では公館別とまでいわないが、せめて国別の統計をとってと総務省にお願いはしてもいいはず。
 山田 当然の話だ。
 深沢 今後、投票率を上げるという意識付けの意味でも、各国の邦人の意識を変えることにつながる。
 山田 総務省は本当に何のデータもないんですか。 司会 総務省の担当課に聞いたが、西山さんもおっしゃったように国別のデータはない――。
 深沢 ただ、取ろうと思えば物理的には可能のはず。たかだか四千かそこらなんだから。
 西山 取れないことはないと思う。国別なら出るでしょうね。公館別は無理ですが。

登録、投票をしない理由. 検証する必要がある

 網野 投票結果もいいが、さきほど宮尾さんが言ったように何故、ここに七万人もの有権者がサンパウロにいながら、これだけの登録だけか。これをまず検証するべきだ。次の選挙にも関わってくる重要な問題。今回で選挙は終わりでない。何故、有権者は無関心なのか。
 西山 有権者は何故、登録しないのかですね。
 網野 僕はこの公館投票の期間中、領事館に勤務した人の話を聞いた。みんな行くんだけど、どの党に入れればいいのか。まして比例代表の個人名なんて全然知識がない。年配の人は係りに聞く有り様だったという。なぜなら、そういう情報が有権者にないから。僕は帰化しているからブラジルの選挙権を行使する。全候補者の番号を紙に書いていって、会場では数字を打つだけ。そういう予備知識がここの有権者にはない。
 宮尾 まあ、それは一つの理由でしょうね。
 網野 それから何故、登録しないのか。これをしっかり検証する必要がある。結果だけを見て多いか少ないか議論しても無駄。
 山田 今の投票率が高いのか低いのか。この数字を優秀と見るのがいいのか、これじゃ少ないとみるのがいいのか。
 深沢 例えば、ブラジルだけに限って言えば、日本に対する共通の検討課題がはっきりしていない。目的がはっきりしていないから意識も一般化されない。「こういうことをお願いしよう」ともう少し分かりやすい形の課題があれば、もっと登録も投票も積極的になるのでは。
 網野 何十年もこちらにいると日本のことを切り離してもここでの生活には困らない。つまり選挙をする心構えがない。何のために選挙するのか――結局アイデンティーの裏付けになる。本当に海外にいても日本人なのか、どうかというね。
 山田 中西忠勇会長時代に始まった運動だが、ほとんど知られていない。もう少し県連が熱心になって選挙制度や投票の仕組みなどを啓蒙してもよかった。
 網野 それもあるが一九九〇年に法律が成立した時に行政の手落ちがある。法律だけを通しても、実際に行うのは行政。有権者にどういう対応をするか。政府も何もしていない。そういう指導もなく、さあ投票だと言ってもダメ。登録に郵便が5回も言ったり来たりするのは完全にナンセンス。なぜ、公館から有権者に郵便投票の用紙が送られないのか。郵便投票もなぜ、日本でサンパウロ総領事館にではダメなのか。そういうことをみなさんおっしゃる。これは要望です。
 西山 郵便投票の用紙を持っていても、今回からは公館投票が可能になるなど、利便性も上がっているのですが。
 深沢 ただ、あくまでも行かなければ行けない。カンポグランジの方も、行くのは大変だが郵便でサンパウロに送るぐらいならいいという人もいるはず。
 西山 日本でなくサンパウロに送るということですね。
 深沢 公館投票を受け付けている間だけ、サンパウロに送ってもらい公館投票分と同じ便で日本に送ることも可能のはず。
 網野 そのことを求める人は本当に多い。
 西山 それは検討課題にします。
 深沢 総領事館だけでなく文協とか地方に投票所を設けてもらうとか。今回、パラナの状況を見るとあの北パラナに何万人も邦人がいる状況で、この投票数。実体から離れた数字ですよ。ロンドリーナ、マリンガなどに投票所があれば、どれだけ登録者数も増えることか。
 網野 先日、自治省の方が来聖した時に言ったが、日本の役人はブラジルの地理感が全く分かっていない。日本のように歩いたり、自転車で行ける投票所とは違う。金と時間がかかる。しかも有権者はほとんどが高齢者。こういう現状を知らずに、一律にものを進めるから登録も投票も伸びない。こういうブーロクラシアが全ての根源にあるのではないだろうか。
 宮尾 僕が問題にしたいのは、七万人も邦人を抱える上に領事館が地方であれだけ領事サービスをしていてもこの現状。二〇%いかない状態というのはね。
 山田 率直に言って、比例代表制に投票してもどんな形で使わたか分からない。投票者は何らかの思いがあって入れている。期日までに届いているのかどうかさえ分からない。
 宮尾 これだけ各地の公館が地方を歩いているのに、この有様。どうして権利を取得しないだろう。
 山田 県人会で高齢者によく尋ねられる。何故、今更金を払ってまで投票しないといけないのか。
 宮尾 義務じゃないけど権利だろう。権利って事は投票との見返りに何らかのメリットがある。国会に移民の利益代表として出るわけでしょう。
 山田 それは選挙が分かっている意識が高い人の考え方。そういう人が、どれだけいるか。
 宮尾 利害関係があれば、もっと関心が上がる。
投票することは自分の利害につながる。ほとんどの人が無関心ということは、投票しようがしまいが我々には関係ないということ。ほとんどの邦人がこの国に根を据えて、私たちに関係ないと考えているのでは。

自分の立場の証明 だから高齢者は熱心

 網野 投票や登録をしているのは俄然、戦前の人が多い。何故なのか。
 司会 やはり、よく言われることだが戦後移民は自分の意志で日本を離れているから今更、関心がないということでしょうか。
 宮尾 それはよくわかる。戦前の準二世が二万五千人も登録したのは、日本国民としてのアイデンティティーを求めたからにほかならない。
 網野 日本人としての裏付けが欲しかった。領事館に行って選挙権を行使することが、自分の立場の証明に裏返されている。だから高齢者は熱心なのだ。
 宮尾 特に戦前の準二世はそういう被害者意識を持っている。自分の意志で来たのではないと。子供の時に親に連れてこられた。短歌を見ていても分かるが、自分のアイデンティティーの問題ですよ。そう意味では戦前の二万五千は凄い数字だ。
 網野 スザノの人が詠んだこんな歌がある。「棄民かと嘆きし父の仏壇に在外選挙の登録証をそなう」。これに心情が代表されている。ところが戦後移民は違う。しかし、数は戦後移住者が俄然多い。この人たちが感心がない。
 宮尾 戦後来た人は、日本の選挙権を取ることの利害関係を最初から期待していない。
 深沢 そういう人たちに分かりやすい問いかけをしながら登録推進を進めるのは必要かも。
 司会 アイデンティティーの証明のためだけに選挙権を獲得してきた人たちは今後、亡くなる一方。現状ではこれ以上、増えることはない。戦後移住者を、どう巻き込んでいけばいいのか――。
 山田 駐在員もほとんどがが選挙に関心ない。彼らはいまさらサンパウロで選挙なんてとの意識だ。
 司会 選挙前、西山領事は駐在員・学生が多いニューヨーク館内の数字には注目していると言った。登録数も5300人と高いが。
 西山 サンパウロに千二百人ぐらい駐在員がいるが、ほとんど登録はしていない。
 司会 ニューヨークとの違いは何故――。
 西山 サンパウロは案外単身赴任者が多い。この場合、ほとんどが転出届を出さず、長期出張扱いになっている。住民票の関係で、登録できないんです。一方、ニューヨークやロンドンはかなり長い期間、赴任する人が多い。
 司会 七千人という予想を大きく下回る千九百九十九の公館投票数をどうみているのか――。
 深沢 そもそもの予想がが多すぎたのでは。
 西山 アンケートでは八六%が来ると答えていた。しかし、実際に会場で見ると高齢者が多い。二〇%来れば上出来だなと初日に実感した。平均七十歳を超える状態だけに、車やメトロで来るのは大変ですよ。
 深沢 これだけの広いエリアで七千人来る事は単純に考えてありえない。結局、予想が一人歩きしてしまい、千九百九十九人の投票数でも「少ないな」というイメージを与えたきらいはある。

海外票で当選できない 高倉候補が残した教訓

 司会 高倉さんの出馬はどのような影響をもたらしたのか――。
 網野 選挙が身近になった。彼は海外代表として自分たちの代弁をする。彼の立候補が選挙への関心に拍車をかけると思っていた。
 山田 海外票だけでは、いくら立候補してもダメ。足らない分をどう埋めるかを考えないといけなかった。彼のとった票のどれぐらいが我々のものなのか。そういうものを考えないといけない。
 深沢 海外票で当選することは有り得ない。登録者がすべて入れてもダメ。最初から彼は日本での得票をあてこんでいた。
 網野 ところが大分でもどこでも知名度はない。彼の見込みでは出身地の大分で五万、海外票は一万しかみていなかった。
 宮尾 彼は最初から移民の利益代表という意味合いではなかったわけだ。
 網野 結局、口ではそういっていたが、そうかもしれない、一万しかみていなかったから。海外の我々は何の利益を得たのか。大新聞やNHKなどあらゆるメディアが来たことで海外邦人が政治に関心を持っていることが伝わった。この一点だけでも立候補してくれてよかった。そして一番大切なのは戦後移住者の関心を登録、投票に結びつけるか。それとももうダメなのかね、宮尾さん。
 宮尾 僕のところにも日本から取材の電話があった。「ここの邦人は、ここにどっぷり根を下ろしてしまって日本の政治との利害関係など感じなくなった」と答えた。
 司会 イタリアやポルトガルなど他国の移住者は母国の政治とどう関わっているのか――。
 宮尾 在外選挙は七年ほど前にイタリアでも与えるかどうかの議論があり、その後獲得した。ドイツは総領事館で在外選挙登録している。投票率は一〇%程度だったと聞いている
 司会 サンパウロだけに限った現状でないわけですね――。
 宮尾 日本につながる共通の問題があり、有権者に直接つながるものがあれば、違ったはず。
 司会 高倉さんは、在留邦人を代表していると名乗ったが、現実はまず立候補ありきで、本当に我々の利益代表だったのか――。
 深沢 移民の側から見て、ブラジルの利益を代表してくれるなら、投票しようとなる。しかし、高倉さんにすれば、ブラジルだけでなく、パラグアイ、北米、アジアの利益もとなる。それぞれの状況が違うから一人で利益代表となるのは現実的ではない。
 山田 現実論から言えば、県人会でしているように母県の県議などをブラジルシンパにし、味方をつくったほうが早い。
 司会 ブラジル側の利益のを代弁者を立てるのか、すでにむしろ政治家として活躍している有力な政治家を引き込んだほうが早いのか――。
 深沢 両国の政治家でつくる日伯議員連盟もあるはずだが、今回は連盟を通さなかった。すでに機能しているこういう連盟を生かすことも考えないと。。
 司会 外務省としては今後も登録を増やすつもりなのか――。

共通の「利害」があれば… 一致して議員を出せる

 西山 総務省から尻をたたかれています。現状の一一%を二〇%に上げようというのが今の目標。サンパウロではすでに二〇%を超えているが、できればあと一〇%は上乗せしたい。
 司会 ブラジルでも今年十月に地方選挙がある。日本だけでなくブラジルでも日系人の政治家を出す必要もあるのでは――。
 宮尾 日系としてのブラジル政治の代表ということ?。一番問題なのは、日系共通の利害、問題点がない。今、それがないのが日系の政治家が出ない理由。例えば、日系人が差別されているなどの問題でもあれば、違うが。戦後も代議士が六、七人出ていた時は共通の利害があったはず。ただ、具志堅やモジ・ダス・クルーゼス市長の安部をみても分かるが、今は日系にこだわってもダメなんだ。
 網野 県連や文協が定款にこだわって政治との分離を訴えてきたのが、害になっている。そのくせブラジリアや州政府に交渉する時は、政治家を前面に出してきた。
 宮尾 サンパウロはダメだが、パラナはこないだまで通用していた。あまり日系人が票を奪い合うので、団体がうまく票をコントロールしてきた。
 宮尾 百四十万の日系社会のうち、百万がサンパウロ、パラナはせいぜい十四、五万、これはまだまとまるが、サンパウロでは規模もありそんなことは不可能。だから70年代あたりは日系票で野村さんも当選してきた。
 網野 つまり多様化してきた。同胞や血のつながりよりも宗教。職場、クラブとのほうを重視するようになってきた。昔は洗濯屋が一つになって候補者を押してきた。
 司会 同化の中の一過程ということか。生活に密接するブラジルの政界にも利害代表を立てるのは難しいのだから、まして日本の政治なんて、となる。今後の課題は――。
 網野 アイデンティティーにこだわり投票するのは八、九十歳の高齢者。戦後移民は何と思っていない。総領事館も現地の事情をしって、本省と交渉して欲しい。
 深沢 文協が政治にも関心を見せることは重要なはず。また、県連も日本とのつながりをもっと考えてもよかったはず。今回はどちらの動きもも中途半端なままだった。
 網野 サンパウロで議員と行政側と我々と公聴会を開き、皆で関心を高めて欲しい。法律を通しただけで満足してはダメ。議員が腰を上げて把握して欲しい。日本とサンパウロの大きさを知っている。だれが身銭を切って登録申請してくれるか。これをサンパウロで提案したい。地理的な問題や高齢者が多い中、千九百九十九人もサンパウロ総領事館に足を運んだ事実は、実に重いし価値があると思うべきですよ。

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