ホーム | 日系社会ニュース | 福島県人会=新交流制度を今年開始=昨年、県庁での訴え実る=他県でも創設可能か=帰国直前、切ない別れ=「泣いちゃうよ」「私も」

福島県人会=新交流制度を今年開始=昨年、県庁での訴え実る=他県でも創設可能か=帰国直前、切ない別れ=「泣いちゃうよ」「私も」

8月12日(木)

  昨年外務省が補助金廃止を打ち出したことにより、多くの県人会で県費留学生・研修生制度の廃止や縮小を余儀なくされている中、福島県人会(小島友四郎会長)では新たな交流制度創設を県に呼びかけ、今年実現した。新制度参加者には早くも友情が芽生え、「今日、帰ってしまうなんて寂しい。泣いちゃうよ」との平山直美さん(二世)の発言に、「私も」と周りが頷くという、切ないシーンが来社時にも見られた。心の交流は確実に根付いているようだ。他県でもこのような試みが可能では、との期待が広がっている。

 これは県生活環境部国際交流グループによる「福島県中南米国派遣高校生短期研修事業」。一月には二人の高校生が母県へ、七月には福島県から三人の高校生が来伯し、ホームステイや現地高校訪問をするなど、約十日間、同世代との交流を行った。
 補助金廃止後も同県では留学生の数を減らすには至っていないが、小島会長は「最悪一人の県費留学生を減らしてでも、一人でも多くの短期研修生を日本へ派遣したい」と訴え、昨年三月に県庁を訪れた際に実現の運びとなった。
 短期研修ならば、一年間の県費留学費用でより多くの研修生を派遣することができ、それに伴いより多くの会員を獲得することが可能となる。
 この発想の根底には、「一年間県費留学しても、帰国後、県人会活動に携わり続ける者は十人に一人いるか、いないか」との小島会長の経験がある。
 「一人で行くよりも、五人、十人で行った方が楽しくなる。そこで仲間意識も芽生え、派遣してもらったお礼に、県人会の活動に協力しようと一人でも思えば残りの九人にも働きかけるから、彼らの方が県人会の活動に協力的だ」という。
 五日、帰国の途に就く前、福島県の伊藤貴子さん(高三)、白石明日美さん(高二)、佐藤彩佳さん(高二)に加え、同県人会員子弟の平山直美さん、平山香織さん(高二)、一月に同事業で日本を訪れた小島マリアーナさん(高二)、交流グループの藤田義行主査、小島会長らが来社した。
 「みんな始めて会ったのに、そんな気がしない」と佐藤さん。
 同事業は移住の歴史を知ることも主な目的であり、移民史料館へも到着した日に行った。白石さんは、そこで福島県の文字が入っているハッピを見て「同じ県人としての絆を感じた」と語る。
 伊藤さんは、十八歳の時に移住したという女性に農場で出会い、言葉で苦労したという話を聞き、「私達ってお互い〃なまってんだない〃(なまってるね)」と故郷言葉で親しみの情を交わした。
 白石さんは「(初期移住者が)マラリアのある劣悪な環境の中で、奴隷のような重労働をしていたことを知って、とてもショックだった」と胸を痛めた様子。「帰ったらみんなに移民や日系人のことを伝えたい」と語気を強めた。
 「県人会の会員が減少するに従って、県との係わりもなくなっていきます。しかし、この事業を通じて、日系人の若者に福島県についての興味、関心を持ってもらい、自分が県出身者の子孫だという自覚をもって欲しい」と藤田主査は熱い思いを語るが、それは通じているようだ。
 小島さんは日本で佐藤さんの家にホームステイした。「せっかくだからと言って、一月なのにお雛様を飾ってくれたのが嬉しかった」とその時の思い出を語る。帰国の日が近づくにつれ、福島への思いが募り「帰りたくない」と、祖父である小島会長に電話をかけた。
 藤田主査は「(研修生が)移民についてのいろんな勉強をして実際いろんなものに触れてよかったと思います。これからも続けて行きたいです」と同事業の手応えを感じている様子。
 今後、他県でもこのような制度が創設されれば、より交流が深まる可能性がありそうだ。

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