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井上祐見さん 「あなたに会えてよかった」公演=第6回南米ツアー成功=各地で「来年も」と依頼

8月21日(土)

  〃コロニアが生んだ演歌歌手〃井上祐見さんの第六回南米ツアー「あなたに会えてよかった」公演が、八日のボリビア・サンファン移住地公演を最後に終了した。約三週間の強行軍、四カ国七会場にまたがった今回のツアーでは日系と非日系を問わず、数千人が祐見さんの歌声に聞き惚れた。十二日に帰国の途につく直前、井上さんに今回の感想を聞いてみた。
 七月二十五日のサンパウロ市で行われた県連主催の日本祭りへの特別出演を皮切りに、南大河州のイボチ移住地、ポルト・アレグレ市のPUC大学、アルゼンチンのラプラタ市、ロザリオ市、パラグアイのイグアスー移住地、そしてボリビアのサンファン移住地と四カ国、七会場でショーを行った。
 ドイツ人移住地のイボチ市公演はドイツ移民百八十周年記念行事の一つに指定され、会場一杯の三百人の中に七十人程のドイツ系ブラジル人も一体になってショーを楽しんだ。ポルト・アレグレ市公演ではPUC大学の教室で行ったが、長島浩平総領事や森口幸雄PUC大学院教授など約百人が井上さんの歌唱力抜群の演歌を楽しんだ。
 翌日、アルゼンチン公演に向かう空港ロビーで、南米公演用に製作した衣装をお世話になったイボチ市役所へ寄贈するため、見送りに来ていたアンドレア・シュネック同市文化担当部長に託送した。
 アルゼンチンのラプラタ市では、昨年の公演終了時に、「帰って来いよ」で送り出してくれたので、今回はその曲を歌いながら入場した。二年連続の公演で、超満員の会場は大変な盛り上がり。来年は市公式行事に指定されている一月の盆踊り大会に出演、やぐらの上で演歌を歌ってほしいと依頼された。
 ロサリオ市公演は今回初めてで、聴衆の半分は非日系だった。しかし言葉は分からないが演歌を楽しんでいた様子だったという。
 ブエノス・アイレス市では文野昭義アルゼンチン拓殖共同組合副会長の紹介で知り合った、日本でも有名なアルゼンチン歌手グラシェラ・スサーナさんと一緒にカラオケで歌ったりして意気投合した。
 井上さんはスサーナさんから「ベベ」のニックネームを頂戴。「ベベが来年も日本祭りで歌うなら、私もアルゼンチンから共演に駆けつける」と語ったスサーナさんと指きりした。その後、パラグアイのイグアスー移住地へ移動。三回目の訪問で知り合いも多く、今回はお年寄りとパーク・ゴルフ。木陰の下で、おばあさん達手作りの弁当をみんなで広げた。
 「その中には、私の大好物もたくさん。巻きずしやおはぎも食べ、乗馬やコンバインでのトウモロコシ刈り入れも体験しました」と報告する。「この移住地の人は本当に素朴で、今の日本人が失ってしまった助け合いの精神や打算のない近所付き合いが残っていて、ここに来るとなぜか気が休まります」と語った。
 六回目のツアーで初めてのボリビア公演。このサンファン移住地には七百五十人の日系人がいるが、公演には三百人が詰めかけた。会場に入れない人々は外で熱心に耳を傾けていた。九州出身の移住者が多いと聞いていたので、熊本弁で「帰らんちゃよか」を歌った。お年寄りのなかには、この歌に涙を流して聞いていた人も多かったという。
 公演の翌朝のあいさつで「昨日のショーはよかったね」と知らされた井上さん。「本当に感激したし歌手冥利に尽きます。また来年の五十周年祭にも招待されてとってもうれしいです」と語った。
 井上さんは「多くの方の支援で六回目の南米公演が無事終わりました。日本人が忘れてしまった心の温もりや心の休まるお付き合いができる南米の日本人がうらやましい。南米は私の心の古里です」と感慨深げに語った。
 同行の中嶋年張マネージャーは「イボチ市とロサリオ市公演では、非日系のお客さんも多く公演前は心配しましたが、歌に国境はないことが分かりました。来年も再来年も南米公演が続けられたら最高です。関係者の方々には本当に感謝しております」と述べた。
 後援はダイドーエンタープライズ社(園田昭憲社長)とニッケイ新聞社(高木ラウル社長)。

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