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盛和塾ブラジル=カジャマンガの樹の下で=バナナ王 山田農場を視察(6)=現場主義と家族の絆が礎

11月27日(土)

 一番大きな失敗は何か?――と問われ、山田さんは「とくに大きな失敗はない」と答え、みなを驚かせた。ただし、「母が大病をした時、死ぬかもしれないという不安に襲われ、私も風邪を引いて体がおかしくなり食べるのも嫌で、人生に意欲がなくなって何のために生きているか分からないという時がありました。いっぺんに十キロも痩せ、梅干でご飯を食べるのが精一杯という日が何日も続きました」との体験を語った。
 「でも、ある本に『やるだけやった後は死ぬのも楽しいことだ』と書いてあったのを読み、母も楽になれるのだ、と不安から開放されました」。その後、母親ともども体調が回復し、精神的に乗り越えたと実感したという。
 「僕に大きな失敗がないのは、問題が大きくなる前に対処するからだと思う。すごい心配性なので、普通の人が何ともないと思っているようなことでも、危機感を抱くんです。うるさいぐらいに気をつける」と付け足した。
 それを聞いたBeehive社の石田光正さんは、「小さなことも見逃さずに直す。また一つゴンと頭を叩かれた気がします。今回最大の収穫でした」と語った。
 一緒に暮らすなど母親思いな山田さんだが、実は十一人兄弟の十番目と末っ子に近い。そして、口癖のように「僕は学校いっていないですから」と言う。十三歳で移住したため日本での学歴は小学校まで。その後、伯国でも小学校に入り直したが途中で辞めた。
 二十歳の頃、十八歳も年上の兄が農業技師の意見に従って農薬を新しく変えた時、山田さんは「前の方が効果があって安い」と説いたが、兄は「農業技師が効くと言っているのに、お前のように勉強もしていない者に何がわかるか」と言ったという。「このような言葉がいつも私の心を傷つけました」と回想する。
 現場で憶えたポ語、経験から学んだ知識で学歴コンプレックスを跳ね返した。高学歴を誇りとする日系人は多いが「高学歴=優秀な起業家」とは限らない。
 クリチーバ市で日本語学校を経営する大山多恵子さん(68、愛知)は、山田さんの妻、由美子さんとこんな話をした。「息子さんが牛好きだって聞いたので畜産学を学んでるんですかって、奥さんに聞いたんです。そしたら、『うちの子は誰も大学出てませんよ。バナナ大学ですよ』って爽やかに答えました。おおらかな素晴らしい家族だと思いました」。
 モジで什器などを製造する南忠孝さん(61、和歌山)は、「最後の樹の下での、山田さんの話は凄かった。特に息子さんの話には涙が出てきた。あの年齢の息子さんが、塾生全員の前で自分の父親を〃人生の先生〃だと言った。山田家の家族の絆に考えさせられた」との感想を述べた。
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 山田さんは、ウンブーという甘酸っぱい実のなる木も七ヘクタール植えている。「水をかけなくても良く消毒もいらない」という。社員を毎年あちこちの山に派遣して探させ、リモン大の実のなる木を見つけ、それを接木している。
 「これが商業ベースにのれば、この地方も良くなります」と、自らの事業の先に地域全体の利益を置く。
 今月から『シャーゼン』(茶善)という健康食品の販売も始めた。カプセル状になっており、十二年がかりで集めてきた特別な薬草が粉末になって入っている。「すでに飲用している人から体調が回復した、病気が治ったという話が届いています」という。
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 十四日晩、一行は〃バナナ帝国〃を後にし、聖市に向け十八時間の帰路についた。途上、盛和塾USA代表世話人の大島さんから「ぜひ来年NYに来てください」との呼びかけがあり、一同再会を誓った。今年二月にできたばかりの盛和塾USAだが、来年四月には盛和塾NYが独立し、開塾式をする予定だ。
 十五日午後二時半頃、聖市に無事到着し解散。養った英気を胸に、塾生たちは家路に着いた。
 終わり(深沢正雪記者)

■盛和塾ブラジル=カジャマンガの樹の下で=バナナ王 山田農場を視察(1)=情熱とひらめきで頂点に

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