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半世紀のコチア青年=リオ、ミナス州に親善交流の旅=連載(1)=9月18日記念式典=「多くの仲間に参加してもらおう」

7月8日(金)

 コチア青年は、今年九月十五日にブラジル移住五十周年を迎える。それを記念して九月十七日前夜祭を、翌十八日に記念式典をサンパウロ市近郊のサンロッケ市にある国士舘スポーツ・センターで挙行する。
 これら一連の行事に、広大なブラジルの各地で艱難辛苦を乗り越えて頑張ってきた多くの仲間たちに参加してもらおう、同時に、仲間たちの活動現場を視察しながら親交を深めよう、とコチア青年連絡協議会(高橋一水会長)が企画したのが親善交流の旅だ。参加者はサンパウロ市とその近郊に住むコチア青年たち。
 歴史を振り返ると、第一次第一回「コチア青年」百九名がサントス港に降り立ったのは一九五五年九月十五日、その後、六七年一月十日に上陸した第二次三十五回十一名まで総勢二千五百八名が移住した、と記録されている(コチア青年三十年史には、七九年から八一年の間に新コチア青年六名が到着した、とも記載されている)。
 初期段階で挫折した者、帰国を余儀なくされた者、自殺に追い込まれた者、などがいただろうことを勘案しても、コチア青年が戦前移民の農業後継者として、また、戦後のブラジル農業発展の一大勢力として、大きな役割を果たしてきた事実は、金字塔として輝いている。
 第一回交流の旅を二〇〇四年十一月にブラジリア連邦区(本紙・〇四年十二月三日と十一日報道)に、二回目を今年四月にパラナ州(本紙・四月八日~十七日連載)に、それぞれ実施し、仲間たちの記念行事参加に向けて多大な成果を収めた。そして、第三回親善交流の目的地をリオデジャネイロ州とミナス・ジェライス州に選んで、去る六月三十日の深夜、一行を乗せた貸切りバスがリオデジャネイロ市に向かって、サンパウロ市リベルダーデ広場を出発した。
 走行二千キロの旅の始まりだ。一回目は十六名で、二回目が十五名だったが、今回は参加者が二十八名に増えた。コチア青年の友人たちも一緒に参加する初めての旅行となった。連絡協議会会長の高橋一水(高知県、一次三回)、副会長の山下治(福井県、二/一、五十周年記念準備委員長)、神取忠(北海道、一/一、連絡協議会元会長)、山田貢(鹿児島県、一/一)、蛸井喜作(山形県、一/九)、坂東博之(徳島県、二/一、親善交流旅責任者)、杓田正(三重県、二/一九)の七名は三回連続参加者だ。
 今回、高橋会長はマリア夫人を同伴した。二回目の参加者は菱沼利昭(兵庫県、二/十二、連絡協議会副会長)とマリア・順子夫人、高橋凡児(岩手県、一/六)、白旗凉子(長野県、花嫁移民)の四名。初参加は木野栄吉(山形県、一/三)、鈴木登茂弥(山形県、一/七)、菊池栄(秋田県、一/九)、大岩修治(新潟県、一/十一)とフジ子夫人、永山八郎(福島県、二/三、連絡協議会元会長)、T.S(女性)の七名。コチア青年に乗り遅れたという平川行男(福岡県)は、友人として三回連続の参加だ。
 桜井忠・陽子夫妻(長野県)と元山明男・亘子夫妻(鹿児島県・愛媛県)、高原長(熊本県)、一甲久(鹿児島県)の六名が友人として参加した。友情参加というべきかも知れない。
 七月一日の早朝、一行はリオデジャネイロ市の入口で大塚政義(群馬県、一次九回)の出迎えを受けた。つづく(敬称略)

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