ホーム | コラム | 大耳小耳 | 大耳小耳

大耳小耳

2005年8月11日(木)

 東京老人ホームの日高登元理事長が六月に亡くなり、遺族がこのほど援協に寄付を申し出てきた。日高氏は小畑博昭援協元事務局長の大学時代からの同級生。七〇年代半ばから同ホームの有志に協力を求めて、日系老人ホームの入居者に毎年、小遣いを送ってきた。送金は三十年の節目に終ったが、日高氏は、その後も個人で寄付を続けてきた。「一度でいいから、来伯したい」と語っていた。夢は果たせないままだった。
     ◎
 少し旧聞だが、日本祭りの〃販売前線〃での生々しい話を一つ。ああいうところで、弁当は本当によく売れるものだ。グァタパラ文協婦人部は、初参加だった。次は報告の一部。「祭り三日目、弁当が売れに売れて、コメが底をついた。(会場内の)よそから借りようとしていたら、反対に余っていないか、と聞かれた」。きのう買った弁当が美味しかったので今日も来た、という客もいたそうだ。店じまいして、ぐったり。
     ◎
 グアタパラ移住地で正月とお盆の年二回行われている麻雀大会。正月大会は里帰りする人も含め、多くの参加者で賑わう。先月末に開かれたお盆大会には、四人の女性が初参加。二十四人が熱戦を繰り広げた。今まで家庭麻雀ばかりだったため、緊張気味だったというある女性参加者。「二回目からは楽しくできた」。残念ながら、入賞は果たせなかったものの「今度こそは」と正月大会に向け、練習に励んでいる。

image_print