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特別寄稿=連載(1)=日伯学園建設こそ=100周年事業の本命=コロニアの現状分析と意義

2005年10月11日(火)

 先日、橋本龍太郎元首相(日伯議員連盟の日本側会長)から協力をとりつけたことにより、日伯学園化する構想が持ち上がっているアルモニア学園増築計画はいっきに現実味をおびた。この動きを、ブラジル日本移民百周年祭典協会内部から強力に推し進めるのは大浦文雄総務副委員長(文協顧問)。これを理論的に支えているのは、サンパウロ人文科学研究所の元所長、宮尾進氏だ。なぜ日伯学園は必要なのか――。実現に向けて大きな一歩を踏み出した、このプランの背景を説明した宮尾氏の特別寄稿を、以下連載で紹介する。(本紙編集部)
はじめに
 今回のブラジル日本文化協会々長選挙に際し、私は「人文研」という日系社会を調査研究している立場から、上原派、谷派のいずれにも偏せず、両者の動きを観察してきた。
 選挙の結果は、周知の通り、上原派の勝利となった。ただし、移民百周年記念事業の本命、サンパウロ市レオポルジーナ地区での広壮な日伯総合センター建設案は、谷派及びその周辺の強力な反対により、引っ込められた。
 これに替わるものとして、谷派はやはり、サンパウロにおける日系人居住の原点、あるいは、心の故郷ともいうべきリベルダーデ地区にこだわり、現文化協会の建物を増築することをもって、百周年記念事業の目玉とすることを主張した。谷派は敗者となったが、この点に関しては大方の賛意を得ることができ、上原派もレオポルジーナ建設案を引っ込めざるを得なかった。
 いずれにしろ、両派の主張はともに箱物の建設に終始した。あと三年後に百周年を迎えようとしているいま、いったいこれからの日系社会をどう考え、どのようにリードして行くのか、というもっとも基本的、重要なヴィジョンは、両者の政見ともいうべき、発表された言辞からは、私は具体的に何らうかがうことができなかった。
 私がもっとも疑問に感じたのは、立派な建物を造ったとしても、これに参加し、利用するのはいったい誰なのか、両者ともそれをどの様に考えているのか、ということであった。
 とかく箱物を造ったとしても、それを利用する者が殆どなく、維持に苦労するという現象は、たびたび私たちの目にするところである。箱物を造る以前に、その建物にもられる内容に関心を抱き、よろこんで参加利用する者が多くいなければならない。そういう施設があって欲しいという多くの人の要望があってこそ、箱物の活動は機能する。その点に関して、両派とも具体的な構想は、何も明らかにしていなかった。
箱物造りの前に知らなければならないこと
 移民七十年祭あたりをピークとして、移民世代の造りあげて来たコロニア社会は、急激に衰微の傾向をたどって来た。移民世代の高齢化とともに、活動力の限界が来たことによる衰微が原因の一つだろう。しかし、最も大きな問題は、この移民世代のつくったコロニアで、二世以下の世代がこれを継承して盛り立てて行こうとする志向がなかったことだ。それは、何も後継世代の責任ではない。
 戦前移民世代は、日本敗戦の報を苦汁の思いを経て受け入れると、五十年代になり、ようやくブラジルに骨を埋める覚悟を固めた。それと同時に、それまでの錦衣帰国にそなえての二世々代に対する日本語教育・日本人教育を捨て、ブラジル社会での上昇手段として、高学歴を身につけさせることにもっとも力を注いで来た。

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