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移民のふるさと巡り=南バイーアの移住地へ=連載(4)=気さくなシロウさん=ガイドとして随行3回目

2005年10月15日(土)

 旅の中日、三十日はテイシェイラ・デ・フレイタスからイリェウスまで約五百キロを北上。
 今回でふるさと巡り随行三回目、参加者からは「シロウさん」と呼ばれ親しまれるガイドの川内シロウさんに話を聞いた。
 「最初にガイドをしたときに、移住地で訪ねた人・訪ねられた人、お互いの感動を目の当たりにして、これはすごいなあと思いました、他のツアーとは違う視点でブラジルを見られる」と最初の感想を話す。
 現在四十四歳のシロウさんはサンパウロ市生まれの二世。二十二歳からガイドの仕事を始めた。途中六年間、日本のサッカーチームでブラジル人選手のコーディネーターを務めた経歴を持つ。現在はフリーでツアーガイドをしている。
 バスの中では、現地の情報や歴史を解説するほかに、自分の父母の年齢にあたる参加者に彼自身の考えや経験を話すことも多い。「日本へ行くまでは、どうして日本人の顔でブラジルに生まれたんだ、どうしてブラジルにいるのに日本語を勉強しなくちゃいけないんだ、と親に反抗していましたが、日本へ行ったときに感謝しました」。バスの中、ふとそんな話題になった。
 二日目に行ったイーリャ・デ・ソルの泥ぶろには真っ先に入り「シロウは泥ガニになります」と参加者の笑いを誘った。移動中のレクリエーションでは自ら歌い、ピアーダを披露し、一緒になって大笑い。
 そんな気さくな人柄で人気だ。
 ここ四回連続で参加している及川君雄さん(岩手)は、十二年前の交通事故で両足を失い、車椅子で参加している。「シロウさんには毎回お世話になってるよ。この旅行はこのメンバーという感じ」。
 ふるさと巡りにはずっと参加したかったという。「周りに迷惑かけてしまうから遠慮してたんだ。でも北パラナの回のとき旅行社に電話してみたら、いいですよって」。
 田舎へ行けば不便なこともあるが、ホテルの部屋やバスの座席は出入り口の近くにするなどの配慮がされている。今回はポルトセグーロの地元ガイドが一週間車椅子を押した。
 「おかげ、と言ったら変ですけど、及川さんが参加することで旅先の道の歩きやすさや車椅子ではどうか、ということも考えるようになった」とシロウさんは話す。
 「もちろんこれからもみなさんと一緒にふるさと巡りしたいですね」。
 移動の途中、カカオ農場「プリマヴェーラ」を見学する。接木をしてクローン栽培をしているカカオの木や、魔女のほうきという名の病気にかかった葉などを実際に見て、チョコレートを作る過程の説明を受ける。
 七代にわたって続き、初代大統領のサイン入りの手紙など歴史的に貴重な資料も残っており、週刊誌「イストエ」で「ブラジルに行ったら訪ねるべき百ヵ所」として紹介されたこともある有名な農場だ。
 バスがイリェウスに着いたのは暗くなってから。海岸沿いの大きなリゾートホテルに泊まるものの、移動で疲れた一行はそれぞれのコテージでぐったり。
つづく(秋山郁美記者)

■移民のふるさと巡り=南バイーアの移住地へ=連載(3)=パパイアほお張って=地域最大の移住地で交流

■移民のふるさと巡り=南バイーアの移住地へ=連載(2)=16世紀入植の村にて家々に慣用句の由来発見

■移民のふるさと巡り=南バイーアの移住地へ=連載(1)=顔見知り多い参加者=まず日本料理で準備運動

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