ホーム | 日系社会ニュース | ドイツ発=サッカーW杯観戦記=本紙特派サッカージャーナリスト=沢田啓明=ブラジル敗退=封じられた自慢の攻撃陣=仏、世界最高水準の守り

ドイツ発=サッカーW杯観戦記=本紙特派サッカージャーナリスト=沢田啓明=ブラジル敗退=封じられた自慢の攻撃陣=仏、世界最高水準の守り

2006年7月11日(火)

 大会が始まる前、ブラジルは世界中のメディア、サポーターが推す絶対的な優勝候補だった。世界トップクラスの個人能力を持つ選手をすべてのポジションに備え、チーム戦術もよく練られていた。監督は、94年大会で優勝している名将パレイラだ。ブラジルが優勝するために必要な実力を持ち合わせていたことは、疑いがなかった。
 また、ブラジルは、強いだけでなく極めて魅力的なチームだった。抜群のテクニックを持ち、まばゆいばかりの創造性を発揮し、そしてコミカルな遊び心まであるロナウジーニョに代表されるブラジル選手に対し、世界中のサッカーファンが尊敬と敬愛の念を抱き、応援していた。地元ドイツのサポーターたちですら、決勝で自国とブラジルが対戦することを切望していたくらいだ。
 そのブラジルが、準々決勝であえなく敗退した。スコアこそ0対1だったが、自慢の攻撃陣が封じられての完敗だった。この結果は、ブラジル国民のみならず、世界中のサッカーファンを落胆させた。
 それにしても、どうしてブラジルは敗れ去ったのだろう。それも、あれほどあっけなく。
 考えられる理由のひとつは、大会前の準備に抜かりがあったのではないか、ということだ。
 5月22日にスイス・アルプスの麓の小村ヴェッギスで始められたキャンプは、完全に商業主義化されていた。練習場の周りではブラジル人の生バンドの演奏に合わせて人々が踊り、ブラジル料理の店が並んでいた。練習は有料で一般公開された。連日、大勢のファンが練習場につめかけ、ブラジル代表のスターたちの一挙手一投足に歓声を上げていた。そこには、世界最高峰の大会に臨むための準備をするにはふさわしくない「緩い空気」が流れていたことは否めない。
 ただ、ブラジル代表の練習は、ブラジル国内でもいつもリラックスした雰囲気の中で行なわれる。スイス・キャンプだけが特にだらけていたわけではない。現に、選手たちの調整は順調に進んでいた。ブラジル代表は、過去の経験からワールドカップで勝ち抜くための準備のやり方を熟知している。僕は、今大会の準備に大きな手落ちがあったとは思っていない。
 フランス戦の敗因に、守備のミスを挙げる人は多いだろう。失点の場面では、ロベルト・カルロスがフランスのFWアンリに対するマークを怠り、全くフリーでシュートさせてしまった。ロベルト・カルロス本人は、「あれはオフサイド・トラップの掛け損ないだったんだ」と弁解しているが、いずれにせよ、失点の場面で守備のミスがあったことははっきりしている。
 もっとも、ブラジルの守備が時として重大なミスを犯すのは、今に始まったことではない。優勝した02年大会でも、このレベルでは考えられないようなミスを犯して失点を喫した。しかし、あのときは、攻撃力が守備のミスをカバーして優勝にたどり着いたのだ。
 世代交代の遅れを指摘する声もある。36歳のカフー、33歳のロベルト・カルロスはすでに全盛期を過ぎている。カフーの代わりにシシーニョ、ロベルト・カルロスの代わりにジウベルトを起用するべきだったのではないか、というものだ。この意見にはかなりの説得力がある。フランス戦におけるブラジルは、サイドからの攻撃がほとんど見られなかった。それは、両翼ならぬ「老翼」にスピードと運動量が不足していたからだ。
 しかし、僕は、ブラジルが敗退した最大の理由は自慢のカルテットがフランスの守備にほぼ完璧に抑えられたところにあると考える。
 大会前、いろいろな人から「ブラジルは優勝できますか」とたずねられる度、僕は、「ブラジルが優勝の最短距離にあるチームであることは間違いない」と言い続けていた。それは、「守備には若干の不安があるが、それを上回る爆発的な攻撃力がある。ロナウド、ロナウジーニョ、カカ、アドリアーノの4人は、各々が試合を決定づけることができる卓越した個人能力を備えており、4人が一緒にプレーすることによって破壊的な攻撃力が生み出される。人間だから4人のうち一人か二人が調子が悪いということはありえても、4人全員が同時に不調だったり、あるいは全員が相手選手に完全に抑えられることはまず考えられない」と思っていたからだ。ところが、フランス戦で、4人は誰一人として持ち味を発揮することができなかった。
 ロナウドは、一次リーグの最初の2試合は不調だったが、日本戦で調子を上げ、ガーナ戦も好調だった。それが、フランス戦ではボールを受けること自体が少なかった。いくらロナウドでも、ボールをもらえず、シュートが打てなければどうしようもない。
 ロナウジーニョの場合は、最初から最後まで、実力の半分も発揮できなかった。バルセロナの大黒柱としてチャンピオンズ・リーグとスペイン・リーグを制した最高のシーズンだったのだが、シーズン中の心身の疲労がワールドカップ期間中も尾を引いていたとしか思えない。
 アドリアーノも、大会を通じて本来のプレーができなかった。シーズン中の不調をひきずっていたし、あまり動き回らないでペナルティ・エリア内でどっしり構えて得点を狙うタイプの選手なのに、ロナウドも同タイプであることから左右に流れる役目を負わされ、実にやりにくそうにプレーしていた。
 カカは、4人の中で最も調子の波が少ない選手で、今大会では一次リーグから絶好調だった。しかし、フランス戦ではパスミスが目立ち、1対1でも負けることが多かった。
 相手があるスポーツは、相対的な力関係によって結果が左右される。ブラジルが誇るカルテットが封じられたのは、裏を返せば、フランス選手のボールを奪うテクニックが高く、フィジカル能力も素晴らしかったから、ということを忘れてはならない。
 ブラジル戦で、フランスの守備陣はまちがいなく世界最高水準のパフォーマンスを示した。だから、ブラジルがフランスに敗れた最大の原因は、あの日、ブラジルのカルテット全員がおしなべて不調で、同時にフランスの守備が素晴らしかったから、というのが僕の結論だ。
 それでも、ブラジルに優勝できる実力が備わっていたことは疑いがない。仮に明日からまたワールドカップが始まるとしたら、僕を含めて世界中の多くの人々が、性懲りもなくまたブラジルを優勝候補に推すのではないだろうか。

image_print