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帰伯逃亡デカセギ問題=「代理処罰が現実的」=浜松=両国専門家が意見交わす

2006年9月28日付け

 【静岡発】ブラジルとの犯罪人引き渡し協定に関する法律セミナーが二十四日夜、浜松市内のホテルで開催され、日伯両国側の法律専門家によって討議が行われた。難解な法律論議にも関わらず、遠く東京などからも約百四十人が参加。マスコミも十社以上取材し、この問題への関心の高さをうかがわせた。ブラジル側は「代理処罰が現実的」と言明。外務省中南米局南米カリブ局の平田健治課長も「引き渡し条約は万能ではない」と語り、日本側マスコミが繰り返す、「条約を結べば問題は解決する」といった安易な論調に釘を刺した。今まで引き渡し協定一辺倒だった日本のマスコミも、ようやく現実の空気に触れた格好となった。
 「みなさんは厳しい現実に目覚めなくてはならない。引き渡し条約は時間のムダ。ブラジル憲法は自国民の引き渡しを禁じている。これは憲法の基本原則であり、これを変えるのなら憲法自体を新しく作り直さなければならない」。USP法学部の刑法権威、アダ・ペレグリネ・グリノヴェル教授は、そう断言した。
 ブラジル刑法により、外国でブラジル人が行った犯罪を処罰する「代理処罰」が現実的方策であり、それを迅速かつ低コストで行う「司法共助協定」を結ぶことが緊急の課題だとの見解を明らかにした上で、八月十二日の伯日比較法学会(渡部和夫理事長)で自身が委員長となって検討した同法案の叩き台を提案。
 両国警察や司法関係者による共同捜査や、警察同士で直接書類をやり取りすることによる手続きの迅速化、在日総領事館での裁判書類認証の際の手数料免除など、その内容を説明した。
 ユリカ・タニオ・オクムラサンパウロ州検事正は、ブラジル人が国外で行った犯罪をブラジル内で処罰した実例がすでにあることを紹介。さらに被害者の損害賠償請求の裁判を迅速にするような民事の司法共助協定も必要だと提言、「日本から逃げても必ず処罰されると(在日ブラジル人の間で)認識されることが重要」と強調した。
 これに対し日本側の熊田俊博弁護士から、犯罪に対する両国の量刑の差、裁判にかかる時間に関する質問が上がった。
 たとえば、交通事故のひき逃げで被害者を死亡させた場合、日本なら懲役五年が最高刑。被告が罪を認めていれば裁判は三カ月で終了する。一方ブラジルでは通常、交通事故で有罪になっても刑務所に入れられることはなく、救急病院や刑務所、学校などで社会奉仕活動して終わり。判決が出るまでに半年から一年かかる。
 渡部理事長は「量刑や裁判期間の差異はあるが、大事なことは無処罰で放置しないこと。差異を超えて、取り組む態度が重要だ」と前向きな姿勢を強調した。
 その他、ブラジル人容疑者に夫を殺害されて、子ども三人を抱えた被害者の妻が経済的に困難な状況になっている件に関して、白井孝一弁護士は「被害者遺族の権利、立場を配慮する」との一文を法案に入れる提案をした。
 今年四月に同学会に対し、引き渡し条約検討の協力要請の手紙を送り、一連の動きを主導した北脇保之市長も挨拶。
 「ブラジル人は地域社会を支える大きな力。それ抜きに地域経済はなりたたない」と位置づけた上で、「どの国においても犯罪は裁かれなくてはならない。外国人市民が共生していける社会を実現するには、この問題に配慮する必要がある」との意見をのべた。
 外務省中南米局南米カリブ局の平田健治課長は「この問題が在日ブラジル人への市民感情を傷つけ、ブラジルという国に対するイメージにもダメージを与えれば、二国間の友好に悪影響が生む」との認識を示し、「政府としても〃逃げ得〃は許さないとの観点にたってしっかり取り組んでいく」との態度を明確にした。
 セミナーを主催した浜松ブラジル協会の石川エツオ会長は、「今回、ブラジル側から出してもらった司法共助協定の法案をもうちょっと詰めた上で、今年中に両国政府に提案したい」と今後の展望をのべた。

量刑の差に戸惑いの声も

 引き渡し条約より「代理処罰」が現実的との論調に対し、セミナーに参加した被害者家族から戸惑いの声も聞かれた。
 九九年にヒガキ・ミルトン・ノボル容疑者の起こした交通事故で高校生の娘を失った落合敏雄さん=浜松市在住=は、ブラジルでは交通事故による業務上過失致死では刑務所に服役せず社会奉仕で終わると聞き、「信じられない…」と絶句した。
 量刑の差が大きいため、遺族の満足できる刑罰とは言いがたく、深刻な波紋を呼びそうだ。
 アルヴァレンガ・ウンベルト・ジョゼ・ハジメ容疑者に夫を殺害された三上利江子さん=浜松市在住=は、「司法共助協定を結んでいった方がいい。ブラジルにいき、自分で裁判を見てみたい。なぜ殺したのか聞きたい」と語ったが、他の遺族からは「何で逃げたか聞きたいけど、ブラジルはあまりに遠い」といった悲観的な声も聞かれた。

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