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ビル改修を100周年事業に=文協評議員会=「老朽化し安全性に疑問」=日伯総合センター統合も視野に=理事会と合同委設置へ

2006年12月12日付け

 ブラジル日本文化福祉協会は九日午前、第百三十一回定期評議員会(大原毅評議員会長)を行い、建築後五十年近く経って老朽化した文協ビルを改修する事業を、百周年記念事業に入れてもらうように検討する合同委員会を立ち上げることを決めた。さらに移民史料館、国士舘スポーツセンターなどの赤字削減を協議する合同委員会も設置が決められ、〃文協再建〃に向けた積極的な取り組みが、評議員会から理事会に対して突きつけられた形となった。
 評議員会では最初に、武用サムエル企画予算担当理事(ポ語)と関根隆範副会長(日語)から、来年度の事業計画と予算案の説明があり、審議に入った。
 口火を切ったのは、小山昭朗評議員だった。理事会の努力を認めつつも、「諸先輩の作られたこの建物を、あと五十年間使えるように改修し、〇八年に皇室をお迎えしても恥ずかしくないものにすることが、意義ある事業では。そんなものが一切、来年度の事業計画には入ってないじゃないですか」と叱咤した。
 一九五七年、移民五十周年祭委員会が記念事業として、日本文化センター(文協ビルの正式名称)建設を決定。実際の第一期工事は一九六〇年に着手され、六一年に上棟式。その後、数度にわたって建て増し工事が行われた。
 工事着手から四十六年の歳月がたち、現在ではエレベーター設備の老朽化、記念講堂の雨漏りやシロアリ被害など、安全性に関わる問題が度々指摘されている。
 関根副会長も「個人的には、すべてに優先して改修は進めるべきだと考えている。現在検討されている改修案では三百五十万ドル(約八百万レアル)必要。これは今の文協だけでは調達不可能な金額。百周年後、若者に何か残せるとしたら、これしかない」と前向きな返答をした。
 しかし、上原幸啓会長は「ビルの安全は一日も早く何とかしなくては。でも、予算はまだ勉強させてもらいます」と、先送りする雰囲気を漂わせる発言。
 これに対し、小山評議員は「納得できない。ただの改修でなく、百周年に第一期工事を終わらせ、その後も順次やっていくような大きなプロジェクトにし、熱意をもってやってもらいたい」と釘を刺した。
 林アンドレ評議員も「私も小山さんの意見に賛成だ。文協のリーダーシップなくして百周年はない。理事会に対し、改修案を事業計画に組み込むことを決議しましょう」と語り、大きな拍手が沸いた。
 イタペチニンガから出席した尾崎守評議員も「この事業計画では、昨年と全然変わってません」と不満を表明。矢野敬祟評議員も、現在は管財委員会に入っている改修事業を、独立した委員会にする提案をした。
 渡部和夫評議員は、「専門家なども入れたレベルの高い委員会を作って対処すべき」との考えを示した。最大の赤字原因となっている史料館を、元総領事公邸払い下げをお願いして移転し、独立した財団にして文協から切り離す提案をした。史料館が使っている三フロアー分を他団体に賃貸することで経営も改善される。
 また、改修案に対しても、難航している日伯総合センターと統合した構想にし、文協だけでなくコロニア全体で使える施設にする提案をした。「百周年は、ただのお祭りで終わらせるべきではない。改修事業は百周年と共同で進めるべき」。
 原田清評議員から指摘のあった均衡のとれた表示方法に変えることを条件に、予算案と事業計画は承認された。さらに大原評議員会長の提案により、専門家も入れて理事会と評議員会が合同で、改修、史料館、国士舘を検討する三委員会を作ることが評決にかけられ、全員一致で可決された。
 会議後、ニッケイ新聞の取材に対し、大原評議委員会長は「さっそく理事会とはかって委員会をつくらなくては」と語った。上原幸啓会長は、「合同委員会を作って一月末までに(事業計画が)できたら」との語った。
 今までは、結果的に理事会の追認しかしてこなかった評議員会。理事会に対して「物言う」だけでは問題解決が遅々として進まないとしびれを切らした評議員が、「自ら動く」存在へと変わってきたことを象徴する内容となった。

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