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ハジメ被告、容疑を全面否認=ベロ・オリゾンテ=浜松店主強殺の初公判=「自分の後にも客いた」=帰伯計画は以前から=高まるマスコミの関心

2007年3月2日付け

 【ベロ・オリゾンテ発】ミナス・ジェライス州都ベロ・オリゾンテ市の州裁判所ラファエッチで一日午前九時過ぎから午後二時前まで五時間近くにわたって、浜松の店主強殺事件の国外犯処罰(代理処罰)に関する初公判が行われた。ウンベルト・ジョゼ・ハジメ・アウバレンガ被告(35)は、当日に現場へ行ったことは認めたが、強盗殺人および放火未遂容疑は全面的に否認した。当日は日本のマスコミ関係者約四十人に加え、ブラジルマスコミも二十人以上が大挙して押しかけ、注目の高まりをうかがわせた。
 最初にワルテル・ルイス・デ・メーロ裁判官が罪状を読み上げを命じ、アウバレンガ被告に罪状認否を問うと、大きな身体を前かがみにし、小さな声で「本当ではない」と否認した。
 同被告は、彼が浜松市の自宅アパートから五百メートル程度の同レストランに行ったのは、〇五年九月二十一日午後十一時五十分ごろで、「すでにもう一人の男性客がいた」と主張した。店を後にした翌午前一時半ぐらいにも、その客は残っていたと供述した。
 初めて入った店だったが、ビール二~三本飲んだ。店主の三上要さんが作ったつまみのシイタケサラダが気に入り、台所までいって作り方を教えてもらうなどしたという。
 帰伯することは、二カ月ぐらい前から計画しており、そのために自分から職を辞し、伊豆半島を旅行するなどしていたという。故郷のミナス州リオ・カスカ市では母親と住み、日本で蓄えた資金で洗車場を経営していた。
 マルセロ・マタル・ジニズ検察官から帰伯理由を問われ、日本には十年間デカセギし、その間は一回しかブラジルに帰っていなかったから、「ファミリアに対するサウダーデが募っていた」と説明した。
 検事側は犯行動機として上げられている、家賃や携帯電話の支払いが滞るなどの日本側証言を裏付けようと、金銭面での質問を繰り返したが、被告は「日本で経済的に困ったことはない」と否認した。
 第一回公判後、傍聴したリオ総領事館の本田直人領事はニッケイ新聞の取材に対し、「日本政府は不処罰をゆるさない立場でこの件に取り組んでいる。ブラジル側もかなり迅速な対応をしてくれた」と一定の評価をした。
 公判後に行われた記者会見で、被告は第三者の存在を主張しているがこれが影響することはあるのかと記者団に質問され、ジョアキン・ミランダ・ジュニオール検察官は「織り込み済みだ。とくに我々の戦略が変わることはない。だいたい第三者がいた証拠もない」と有罪に向けて強い自信をうかがわせた。
 今後、数日中に日本側に嘱託尋問の要請が送られ、その返答次第で、早ければ次の公判が二~三カ月後に行われるという。
 この事件は〇五年十一月に、静岡県浜松市でレストランを経営していた三上要さん(当時57)が殺害されて現金約四万円が奪われたもの。事件直後、同容疑者はブラジルに帰伯し、国際指名手配されていた。ミナス州のリオ・カスカ市に戻っていたが、二月十六日夕方、検察局が逮捕状をとり、身柄を拘束していた。
 日本からの国外犯処罰としては、二月初めに行われた桧垣ミウトン被告の裁判に続いて二件目。

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