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■記者の眼■―――柔道日本代表の情けない発言=マスコミは面白半分に報道

2007年6月7日付け

 九月に柔道の世界選手権がリオで開かれるにあたり、来伯予定の日本代表選手団が先日、東京で記者会見し、井上康生選手(29)は「国を変えてもらいたい。 ブラジルの日本大使館の方が〃無事の帰国を祈ってる〃と話していたと聞いた。試合以外は部屋にこもりたい」と嘆いた、とデイリースポーツ紙六日付けは報じた。「柔道ニッポンを軍隊が護衛」との見出しだった。
 他にスポーツニッポン紙も「選手団に生命の危機? 装甲車が護衛」との見出しで、井上選手の「はっきり言って、応援に来てほしいとは言いづらい」とのコメントが紹介されている。
 いい加減にしてほしい。来年百周年を迎えるにあたり、日本からの来賓を受け入れるために、どれだけいろいろな人が準備をしているのか、ほんの少しでも知っていたら、そんなことはいえないはずだ。言う選手も選手だが、いくらスポーツ紙とはいえ、おもしろ半分に記事にする新聞の責任も重い。
 ブラジル柔道連盟(CBJ)の広報部に問い合わせところ、「軍隊は出動しないよ」と一言のもとに否定した。ルシオ・マットス氏は「私もカリオカだからよく知ってるが、少なくともイベントの間は安全だ。そのために準備をしている」と保証する。会場とホテルをつなぐ特別バスにもパトカーの先導を付けるなど、「敢えて危険地域に近づかない限り問題ない」と強調する。
 七月のパンアメリカン大会と同じ施設を使う関係から、九月十三日から三日間行われる選手権の警備は、パンと同レベルとなる。つまり、州警に加えてフォルサ・ナショナル(国家治安部隊)も出動し、治安維持に当たる。これを直訳して「国軍」とした誤解があったのかもしれない。この部隊は〇四年に創設された各州警のエリートを集めて編成した特殊部隊で、軍隊とは明らかに異なる。
 選手権まで百日を切って準備に忙しい同柔道連盟。百十カ国から代表選手六百人が集まることを想定している。「過去最大の大会にしたい」との意気込みが伝わってくる。「去年五月、野村も見にきて気に入っていたようだったが…」。
 ある日系柔道関係者も「こんな話がブラジル柔道連盟幹部に知れたら…。今まで日伯両国は良好な関係を築きあげてきたのに」と残念そうに語った。ブラジルの柔道人口は五十万人といわれ、日本、フランスに続いて世界第三位の柔道大国だ。
 十二のメダルをもたらし、昨年三月には「南米の講道館」と称されるオリンピック・アレーナを、日本政府の支援で完成したばかり。選手権にあわせて初めて『姿三四郎』ポ語訳が発売される。
 リオ州日伯文化体育連盟の鹿田明義理事長も「我々はそこに住んでるんだよ。あきらかに大げさすぎる。実際に外国人観光客がたくさん来てるのに。気を付ければ大丈夫」といぶかる。事実、連日の犯罪報道にも関わらず、リオには欧米などから六百万人もの外国人観光客が訪れている。
 同連盟では来年の百周年に向けて記念事業を準備しており、このような発言を憂いている。
 井上選手のコメントにあった〃ブラジルの大使館〃に問い合わせると、斎藤監督の視察に対応したのはリオ総領事館とのこと。直接対応にあたったリオの領事も、「強盗事件は多いとは言ったが〃無事の帰国を祈ってる〃という話は出なかった」と繰り返す。
 ブラジル経済報知の編集者、田村吾郎氏も「そういう発言は軽はずみ過ぎる。百周年の足止めになると困る」と憤りをみせる。同氏の調べでは移民八十周年には三千人が日本から訪れたという。来年はそれ以上に違いない。
 ブラジルで柔道がどれだけ愛好され、それを広めるために日本移民がどんなに貢献してきたか。
 昨年五月、日本選手代表団が来たおり、斎藤仁監督はサンパウロ市の日本移民史料館に展示された柔道着を見て「これには正直鳥肌がたちました。ほんとうに泣きそうになり、私は自然と手をあわせました」と言ったはずではなかったか。
 井上選手の発言は、ブラジルが国の威信をかけて誘致した国際スポーツ大会に、開始前からケチを付ける行為に等しい。国際大会にはそれぞれのお国事情が反映されるのは当然であり、国を代表する選手なら、相手国に関する理解も必要ではなかろうか。
 代表選手を選ぶ時に、体力や技だけでなく、国際理解度の方も審査対象にしてほしいものだ。            (深)

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