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ブラジル憲法「犯罪人引き渡し禁止規定」理解のために=連載(下)=佐藤美由紀(杏林大学助教授)=道理にかなっている代理処罰=ブラジルでは〃軽く〃なるが

2007年6月20日付け

 とはいえ、自国民の不引き渡しの決断は、他国において犯罪を遂行した自国民を不処罰とする、という犯罪者に甘い法制をもたらすものではもとよりない。他国の裁判所に自国民を引き渡すことは禁じる以上は、その代わりにブラジル国内の裁判所でその犯罪を裁く、という選択であるに過ぎない。
 それは、一九三四年憲法 以来の引き渡し禁止規定を具体化した、一九三八年「引き渡し・追放法」に明確に記されている。「1条 外国により請求されたブラジル人の引き渡しは、いかなる場合であっても行われない。 補項2 ブラジル人の引き渡しが拒絶された場合、訴追された事実がブラジル法においても犯罪を構成する場合に は、ブラジルにおいて裁判される」。
 国際法的理解からいっても、不引き渡しの確立にともなう代理処罰の設置は道理にかなっている。もともと、引き渡し禁止にともなう問題点を解消するための代理処罰については、十七世紀のグロティウスの昔から、考案されていた。
 ブラジルにおいても、自国民引き渡しの禁止と引き換えとして代理処罰はこれと対をなして導入されたというわけである。
 ブラジルの現行刑法でも、国外犯処罰規定が置かれ、代理処罰の根拠となっており、また刑事訴訟法も、それを前提に国外犯についての管轄裁判所の規定を置いている。
 実際に、ブラジルの連邦最高裁においても、自国民引き渡し禁止は絶対的であるけれども、それは不処罰を認めるのではなく、自国における裁判と引き換えであることが、ことあるごとに判決で述べられている。
 すでに『ブラジル特報』二〇〇六年九月号で細江さんが書いておられるが〔「来日外国人犯罪対策としての司法共助、代理処罰制度について」細江葉子(国連アジア極東犯罪防止研修所)〕、代理処罰は次善の策という消極的なものにとどまらず、被告人の裁判・行刑上の処遇を考えれば、積極的メリットも少な くない。
 もっとも、犯罪を行った国の刑罰と代理処罰との間に相違が生ずることは否定できない。例えば、日本には死刑があるが、ブラジルには憲法上の原則 として死刑がない。また、刑の執行方法についても、ブラジルでは、初犯で禁錮八年以下であれば、刑務所に収監されずに執行される。ひき逃げの場合、日本でなら五年以下の懲役、五十万円以下の罰金であるが、ブラジルではひき逃げ(致死・救護義務違反)は二年八カ月から六年の禁錮であるから、初犯であれば、刑 務所に収監されずに、農場や工場での労働に従事したり、通常の労働や勉学に勤しみながら、夜間や週末を監視のない自律的施設で過ごす形で執行されたり、あるいは自宅で日常生活を送りながら、宣告刑一日あたり一時間の社会奉仕を公的施設で行うことで、実刑に代替することがなされる。
 日本に滞在するブラジル人は三十万人を超える。人が増えればその中から犯罪者が現れても不思議ではない。犯罪の容疑者の多くは日本で逮捕されるが、九十二人はブラジルに逃亡した。しかし、引き渡しを禁ずる憲法をもっていようと、彼らを不処罰としたいとはブラジルも思ってはいない。
 ただ、不引き渡しと引き換えの代理処罰では、手数がかかる上に、刑罰に両国で差異が生ずる。しかし、日本で想定される刑罰よりも軽い処遇がブラジル人犯罪者に課された場合、その不満を不引き渡し規定や代理処罰、ブラジル交通法や刑法にぶつけるのはいささか見当違いである。それよりも、その差異はどこから来るのかを問うことを通じて、ブラジルの犯罪事情、行刑の状況、交通事情等々に関心を向け、ブラジルという国の理解が断片から全体へと繋がる建設的方向に向かうことを期待したい。
       (おわり)
※(社)日本ブラジル中央協会発行会員向け隔月刊誌『ブラジル特報』二〇〇七年三月号掲載(http://www.bizpoint.com.brに収録)

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