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この成功を100周年に=第10回フェスティバル・ド・ジャポン=多様な日本文化を満喫=3日間で16万人が来場

2007年7月24日付け

 ブラジル日本都道府県人会連合会(松尾治会長)が主催する「第十回フェスティバル・ド・ジャポン(日本祭り)」が、二十日~二十二日の三日間に渡りサンパウロ市南部のイミグランテス展示場で開催された。三日間とも晴天に恵まれて、約十六万人(主催者発表・二十三日午後四時現在)が訪れた。二日目には十五カ国から集まった海外・汎米日系人大会の参加者も来場。最終日の日曜日には一番多くの人が訪れ、無料送迎バスや来場入り口では長蛇の列ができていた。各県人会が用意していた食事も、多くの人が詰めかけ、終了時間を迎える前に完売となったブースが目立った。ショーが行なわれていた舞台でも、座る場所がなく立見の客も見られた。
 二日目の正午から開会式が行なわれ、サンパウロ市のジルベルト・カサビ市長、西林万寿夫在聖総領事、上原幸啓文協会長、笠松フェリックス汎アメリカン日系人協会(APN)会長らが列席した。
 加藤恵久実行委員長は「各県人会や多くの人の協力で、フェスタのテーマである美や、様々な日本文化を紹介できる」と挨拶。松尾治県連会長は同祭りの歴史を振り返りつつ、「日系社会の将来の大きな鍵になるイベント」と重要性を強調した。
 ブラデスコ銀行のミウトン・マツモト副頭取、カサビサンパウロ市長らも祝辞を述べた。その後、鏡開きを行い、上原文協会長の音頭で乾杯を行いフェスタの成功を祈った。
 舞台上では、各県人会の郷土芸能を始め、各芸能団体が日ごろの成果を発表。多くの人が多彩な舞台に見入っていた。プログラムの遅延も見られたにも関わらず、多くの人が集まった。伊藤カレンさんの歌謡ショーでは、舞台上から降りたカレンさんが観客と一緒になって歌いながら踊り、観客と一体になる場面も見られた。
 毎年恒例で日本から来ている歌手の井上祐見さん、中平マリコさん、今年初来伯したうえはら静さんらの歌謡ショーにも多くの人が訪れた。
 食のブースでは、昼食時間になるとどこの場所も長蛇の列ができ、食事を買うのにも一苦労。各県人会とも用意していた量を上回り、材料の買い出しに大忙しの関係者の姿が目立った。
 やきそばや天ぷらは恒例の日本食として定着しているため、人気があり飛ぶように売れていた。郷土食は説明が大変なために、最初は少々敬遠気味だったが、一度口にした人から評判が広がり、多くの人が並ぶようになっていた。
 展示スペースでは、県連主催の各県のポスター展示に多くの人が見ていた。その他にも、ブラデスコ銀行が開催していた無料のワークショップや子供広場では終日人が途切れることがなく集まった。
 また、土曜日にはパンアメリカン大会と日系人合同大会の国際カラオケ大会が同所内で行なわれた。
 同フェスタを訪れていた二十代の男性は「毎年訪れているが、今回が一番楽しい。来年も是非訪れたい」と楽しそうな表情で話した。
 同合同大会に参加していた人たちから「ブラジルでこんなに大きな日系イベントが開催さているのは知らなかった」や「このフェスタを見たかったから本当に嬉しい」などの驚きや喜びの声が多く聞かれた。
 加藤実行委員長は「県人会の協力に感謝したい。晴天に恵まれて多くの人が訪れてくれた。この成功を来年の百周年につながるようにしたい」と来年への思いを込めながら語った。

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