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コラム 樹海

2007年8月1日付け

 本紙連載中の野澤今朝幸さんの自分史『草原』は、満州引き揚げ後移住した人たちに「よくぞ、書き残してくれた」という思いを抱かせているようである。日本内地で終戦を迎えた人たちには「こんなに酷いとは知らなかった」と驚きを与えている。過去、敗戦直後の満州引き揚げ時の悲惨さは、日本国内で多くの人たちに書かれ、語り継がれてきたが、ブラジルにおける身近な同胞の記述には、また違った感慨があるのだろう▼元陸軍の将校だったという八十二歳は、ぜひ野澤さんの所に香典を届けたい、焼香したい、と住所を問い合わせてきた。満州における悲劇からもう六十二年経ている。きけば、実兄が旧満鉄に務めていて、野澤さんの家族、親類と同じ目に遭った、他人事とは思えない、ということだった。毎日涙なしには読めない、と言い、筆者と話をしている間にも泣いた。声がつまって話が聴き取れなくなった。この人にとって、まだ満州は風化していない。野沢さんの文章を読んで感極まったのである▼自画自賛になるが、コロニア文芸賞を受賞したこの作品の連載許可をもらい、掲載できてよかったと思う。自分史も優れたフィクション同様、人の感情を激しく揺するものがあるということがわかる▼これから『草原』では野澤さんのブラジルでの生活が描かれる。ブラジルで「生きて行く道」もけっして平坦ではなかった。満州移住と異なり、成人して自身の意志で選んだ道をどう歩んだか、文章を追っていただきたい。(神)

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