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南米にも「東芝の森」=産声はイグアスー移住地で=「150万本の森」構想の一環=すでに苗木の準備万全

ニッケイ新聞 2007年12月11日付け

 【パラグァイ、イグアスー移住地】当地で「東芝の森」が産声をあげた。日本を代表する大手電化製品企業の一つとして世界的に知られている(株)東芝(本社・東京、代表執行役社長・西田厚聰)は二〇二五年に創業百五十周年を迎える。その記念事業の一環として「150万本の森づくり」構想を発表した。二年前の創業百三十周年に林野庁と提携して静岡県御殿場市に「東芝の森」を立ちあげた。これを記念事業の出発点として生まれた構想が「150万本の森づくり」だ。
 本社でこの構想の実行を担っているのが社会貢献室。その室長の日比野亨さん(埼玉県出身)が今月二日から五日までパラグアイを訪問した。南米で初めて「東芝の森」候補地となった国の現状を知るためだ。
 説明によると、百五十万本の内訳は日本国内五十万本、アジア・オセアニア四十万本、中国三十万本、欧州・アフリカ二十万本、南北アメリカ十万本、となっているが、植林の進行状況によって柔軟に対応する、と指摘する日比野さん。すでにタイ、中国、フィリピンで植林のための準備作業が始まっている。
 東芝はグループの従業員十七万人を抱えるグローバル企業なので、南米大陸でも森づくりをすべきだ、という考えから日本経団連自然保護協議会(本部・東京)に相談したところ、(財)オイスカ(会長・中野良子)を紹介されたようだ。東芝はオイスカの法人会員でもある。オイスカの勧めでパラグァイが南米初の「東芝の森」候補国に選ばれた背景を日比野さんは説明する。
 ところが、東芝社員にとってパラグァイは未知の国のため、日比野さんは不安を抱きながらサンパウロ経由で二日、イグアスー移住地に降り立った。まず“猛烈な暑さ”に驚いた、と言う。冬の日本からなので当然ではあるが、今月一日から三日間はパラグァイ全土が文字通り猛暑に覆われた。まさに、熱っーい歓迎を受けたのだ。
 イグアスー日本人会(公文義雄会長)がすでに実施した『東芝の森』植林の第一段階、千五百本の苗木が元気に育っている現場を見て、日比野さんの不安が熱気と共に吹き飛んだ。同日本人会には篠藤菊雄さん(愛媛県)を委員長とする七名の環境保護委員が揃っており、苗木の準備も植林も万全だ。
 今回は専門家の沖真一さん(在伯東京農大会副会長)が、サンパウロ空港で合流して技術面での助言を行った。日比野さんはオイスカ・パラグアイ総局(ミチオ高倉会長)が、米州開発銀行の貧困削減日本特別基金の協力を得て、地域の零細農民の生活向上を支援するプロジェクトを立ちあげつつある首都アスンシオン近郊のカラガタウも視察した。
 「東芝の森」植林はイグアスー移住地とカラガタウで実施されることになっており、〇九年の冬(六月~九月)に合計一万八千本の植林が予定されている。苗木は日本人会の育苗センターで育てられている。この育苗センターは、日本経団連自然保護基金の助成を得て建設された施設で、今では七万数千本の苗木が植えられるのを待っている。
 「移住地を訪問したのは初めてですが、森の永続性を確認することができて安心しました」との明るい印象を持って、日比野さんは五日、帰国の途についた。
 来年は日本人のプラジル移住百周年。ブラジル親善訪問も兼ねて日本から東芝主催の植林グループがパラグアイの「東芝の森」植林に参加することを期待したい。

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