ホーム | 日系社会ニュース | 「月夜の晩に遊んだ」思い出=キナリー出身者2度目の集い=20人参加、昔話に花さかせ=モジ市=来年は入植50周年

「月夜の晩に遊んだ」思い出=キナリー出身者2度目の集い=20人参加、昔話に花さかせ=モジ市=来年は入植50周年

ニッケイ新聞 2008年9月17日付け

 来年、二〇〇九年に入植五十周年を迎えるアクレ州キナリー植民地。同植民地出身者の二回目の集いが十三日、モジ市内のレストランで行われ、入植者や家族など約二十人が出席した。サンパウロ市・近郊をはじめ、ポルト・ベーリョ、ゴイアニアなどからも参加し、お互いの状況を話し合い、思い出話に花を咲かせた。

 同植民地は、アクレ州都リオ・ブランコ市の東南十九キロから始まる場所。ボリビア国境から九十キロ、ペルー国境から四百五十キロの所に開設されたブラジル最西端の日本人植民地だ。
 日本海外協会連合会(海協連、JICAの前身)が受け入れに関わり、一九五九年の六月と八月に計十三家族(九十一人)が入植。以前は、豆やトウモロコシ、米、マンジョッカを栽培していたが、入植者の多くが同地を離れ、現在は牧場で牛の放牧が主な産業になっている。
 同地を出た人たちは、一昨年までは時間の余裕がなくて出身者会は行われなかったが、昨年四月に開催された「あめりか丸」同船者会の席上、出身者の間で話が盛り上がり、同年九月に最初の集いを開催。今年、二回目を迎えた。
 出身者会の最初に、世話役の一人、坂野政信さんが「懐かしい話や心境を話せる場所になっています。今日この場所で楽しい一日を過ごしてください。来年は入植五十周年を迎えるにあたって何かフェスタしましょう」とあいさつし、呼びかけた。
 続いて、ポルト・ベーリョに住んでいる川田信一さんは、「五年間いたが、長いようで短い期間だった」と話し、最近個人的な理由で同植民地やリオ・ブランコを訪れたことを話した。続いて乾杯の音頭を取り、出席者は懐かしい話に華を咲かせながら昼食会を楽しんだ。
 今回参加した篠木恵子さん(61、徳島)、大久保啓子さん(60、佐賀)、西沢シミヨさん(64、長崎)、澤城由美子さん(旧姓=浜口、57、熊本)の四人は同植民地時代に一緒に遊んだ仲。「昼間は畑仕事をしていて、なかなか遊ぶ余裕はなかった」と当時を振り返りながら「月夜の晩に、近くの家の広い場所を使ってかくれんぼや缶蹴りなどをするのが楽しみだった」と嬉しそうに話してくれた。
 今回初めて参加した篠木清さん(61、兵庫)は「半世紀近い年がとったので、みんな変わり果てている」と苦笑いを浮かべた。「幼い頃の人たちに会って懐かしい。来年の五十周年にはみんな元気な顔で再会したい」と希望を口にした。
 最後には入植四十九周年を記念したケーキ、還暦を迎えた大水久雄さん、篠木清さん、大久保啓子さんの三人を祝したケーキをカットし、ゆっくりと昔話を楽しんでいた。

image_print

こちらの記事もどうぞ