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コラム 樹海

ニッケイ新聞 2008年9月27日付け

 ワンマン宰相・吉田茂が国賓として来伯したのは62年の5月。これを取材した先輩によると、元首相が歩くところには赤い絨毯が敷かれ大使や総領事の緊張ぶりは大変なものだったそうだ。総領事館にいたTさんは、吉田さんが好きな仏のミネラルウオーターを受け取りにリオの大使館まで初めて飛行機に乗ったーと苦笑しながら語る▼まあ、あの宰相は怒ると怖いが、根が気さくな性質だしサンパウロを大いに楽しんみ、愉快に過ごしたらしい。そんな吉田元首相の影響があったのか第92代首相になった麻生太郎氏も若い頃に1年ほどサンパウロの奥地で暮らしたことがある。確か60年代の後半だと記憶するが、総領事館内でも職員らがちょくちょく話題に▼小渕恵三元首相も大学を卒業した頃にサンパウロにいたし、我がブラジルと縁の深い首相が二人も誕生したのだから、これはもう大いに喜びたい。この難しいときに政権を担う麻生首相は、大久保利通を高祖父とし、宮内相の牧野伸顕とも血が繋がり吉田茂は祖父。妹は三笠宮寛仁親王妃の信子さまと名門中の名門である▼閣僚選びで34歳の小渕優子氏を抜擢したのには、正直なところ魂消てしまったけれども、こうした斬新さが麻生太郎総理の持ち味なのだろう。学習院の頃は大学よりもヨット部の合宿所にいる方が多く、クレー射撃でオリンピックに出場とスポーツが大好き。ちか子夫人は鈴木善幸元首相の息女であり、麻生氏を知り話し合ううちに「この人を首相に」と決意の記事を読んだが、それが今―実現した。麻生太郎首相、この難局を乗り切り是非―長期政権を。 (遯)

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