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■記者の眼■浜松市女子高生ひき逃げ帰伯逃亡事件=揺れる被告の気持ち=日伯で異なる賠償金の価値

ニッケイ新聞 2008年11月27日付け

 一九九九年に静岡県浜松市で女子高生ひき逃げ帰伯逃亡事件を起こし、先ごろ四年間の社会奉仕活動と三百万円相当の遺族への賠償金の支払い判決(同義務の不履行で四年の禁固刑)を受けた日系人ミルトン・ノボル・ヒガキ被告の件では、「控訴するのか、しないのか」が最大の焦点になっている。
 だが、事はそう単純でもない。二つの間には「控訴をしたくないけどせざるをえない」という心情もある。
 二十四日夜十時、記者の取材を受けたヒガキ被告は「もう(裁判を)を終わりにしたい」といった。あれは本心だろう。「ずっと怖かった。いつ自宅に誰かがくるのかと不安だった」という言葉は、九年間におよぶ〃潜伏生活〃の心理的ストレスがたまっていることを伺わせるに十分だ。
 判決を受け入れればこれが終わる――そう思った時、かなり気が楽になったに違いない。
 ただし、問題は賠償金の支払いだ。
 二十五日晩、ヒガキ被告は弁護士と打ち合わせをした。午後十一時半ごろ、被告自宅前でアレサンドロ・テッシ担当弁護士は、記者に対し「あの刑罰は重過ぎる。控訴する」と断言した。控訴期限は今週日曜までだが、「二十八日までにサンパウロ州高等裁判所に控訴手続きし、減刑を求めたい」と言明した。
 直後にヒガキ被告に電話して確認したところ、弁護士の断定的な口調とは違い、控訴の意向をはっきりさせなかった。「まだ弁護士と話し合いする。詳しいことは彼に聞いてくれ」といらついた口調で言い、電話を切った。
 その時、「あの支払いが問題。分割払いの仕組みもよく分からない。私にも子どもと家族があるんだ」などと早口に洩らしていた。
 ヒガキ被告は揺れている。遺族に罪の念を感じ、裁判も早く終わりにしたいが、刑罰の執行で生じる金銭上の問題に苦悶している。妻が控訴を望み、弁護士も強くそれを勧める状況においては、そうする可能性が高いという印象を受ける。
 なかでも、約三百万円という金額に対する日伯の解釈の違いに不安を覚える。日本側では「たった」と思える金額かもしれないが、自宅で被告と話をした実感からすれば「相当重い」と感じていることは間違いない。
 日伯のお金の価値の差が違うことは、いくら強調してもしすぎることはないだろう。日本の判断基準だけで推し量ることは、ブラジルの現実とはかけ離れた先入観を生む恐れがある。
 この事件は、日本政府の要請に基づいてブラジルで初めて国外犯処罰裁判が行われたケース。両国の司法制度の違いなどの情報も不足するなか、すべてが初めてづくしになっている。
 日本側メディアからは「ヒガキ被告は控訴しない」という論調の記事が出ているが、疑問を感じる。本人と実際に話した実感からすれば「控訴しない」という雰囲気ではなく、「控訴したくない」という感じだった。
 「控訴しない」との情報が既成事実のように広まった後で、被告が控訴した時に、本来とは違う否定的なニュアンスで日本の読者に受け止められるのではないかという不安を覚える。
 被告が女子高生をひき逃げし、ブラジルに逃亡したのは事実であり、その罪状を擁護することは決してできない。
 微妙なニュアンスの違いであっても、被告への印象やブラジル人全体の印象を悪くさせるような結果を招くことは望みたくない。(泰)

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