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西村翁、新年の抱負語る=98歳でかくしゃくと=「絵手紙を普及したい」=10年の成果を豪華冊子に

ニッケイ新聞 2009年1月10日付け

 「いつ死ぬか分からないから、できることをやっとかないといかんですよ」。ジャクト農機会社創業者の西村俊治翁(98、京都)は七日、かくしゃくとした様子で編集部を訪れ、杖をつきながら呵々(かか)と笑った。「今のうちにやりたいことがある」と新年のあいさつを兼ねて、今年の抱負をたっぷり語った。
 南米を代表する農機具メーカー、ジャクトの終身会長であるにあき足らず、人材育成を計るために西村農工学校を設立して計八百人余りの優秀な卒業生を世に送り出してきた。西村イズムは南米の農業界に広まってきている。
 サンパウロ州の中でも、同社のお膝元であるポンペイア市は、高い生活環境や市民レベルを誇っている。現市長も同社の元社員であり、会社だけでなく、地域社会全体に影響力をもつ人物として知られている。
 「今年から始めたい」と西村翁が力を込めるのは、絵手紙の普及だ。
 一九九七、二〇〇一年と二度、日本語教師として同校に着任した北海道の中田修、喜美子夫妻の活動がきっかけとなり、ポンペイアで絵手紙教室が開かれ、絵手紙普及が開始された。
 現在も北海道に帰った中田夫妻を通じて、ポンペイアの教室と北海道旭川市の「くるみ学園」との絵手紙交流が十年近く続けられている。西村翁はポケットマネーで、その絵手紙書簡のやりとりを全頁カラーの本にまとめた。
 「こんなに立派になるとは思いませんでしたよ」。『田舎通信』と書かれた絵手紙の分厚い冊子を持参して、満足げに開いてみせる。
 出来たばかりの三百頁余りの豪華版冊子には、今までの絵手紙や、中田夫妻が二〇〇三年から毎月発行している「日伯通信」が綴じてあり、手作りの温もりが感じられる一冊だ。
 翁自身は「絵の心得がないからやりません。私はただの農家ですから」と謙遜するが、「せっかく蒔いた種だからね。絵手紙教室をほうぼうに開きたい」と期待を込める。
 西村翁は、言葉のはしばしに「来年はもういないかもしれない」と周りを不安にするようなことを織り交ぜたが、記者が『田舎通信』の第二号はいつ発刊するのですかと質問すると、「次は来年です」と即答、健在ぶりを存分に発揮していた。

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