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デカセギが初の大規模デモ=千5百人が名古屋で行進=雇用機会や教育支援求め=「私たちは移住者です」

ニッケイ新聞 2009年2月3日付け

 【名古屋発=池田泰久通信員】昨年十月頃からの急速な景気悪化で職を失った外国人労働者のデモ集会が、二月一日正午、愛知県名古屋市の中心街で行われた。愛知や静岡、岐阜、三重県などに暮らすブラジル人やペルー人労働者ら約千五百人が参加、デカセギ日系人による初の大規模なデモ行進となった。多くの日本と外国メディアが取材に駆けつける中、参加者はブラジル国旗とともに「雇用」「教育」「住居」「自立」などのプラカードを掲げて四十分ほど行進し、現状改善を訴えた。
 集会は日系ブラジル人らでつくる団体「SOSコミュニティー」が企画。同団体は一月十八日、東京銀座でも日系ブラジル人ら約三百人による行進を行った。
 開始前に、実行委員会関係者が挨拶し、「私たちはデカセギから移住者になった」と宣言すると、集まった人達から歓声が沸き起こった。
 行進は正午に名古屋市中区栄久屋大通り公園を出発。サンバ打楽器の軽快なリズムが鳴り響き、「社会貢献、共生」などと日語で書かれた垂れ幕などを持った人の列は百メートル近くに及んだ。
 先頭の日系男性は「私たちは二十年間、日本のために尽くしてきました。日本を自分の国と思っています」「多くのブラジル人が住む所を失い、学費を払えずにいます」と拡声器で訴えた。
 親が失業し、ブラジル人学校に通えなくなった子どもも多く参加した。「僕たちも勉強したい」と日ポ両語で声を張り上げ、通行人の注目を集めた。
 デモに先立ち、挨拶に立った武蔵大学准教授のアンジェロ・イシさんは、大勢の取材陣に対し、外国人労働者が抱える問題の適切な報道を呼びかけるとともに、「これだけの規模で(彼らが)日本社会に平和的にメッセージを発するのは珍しく新鮮なこと」と、その意義を強調した。
 参加者の生野クロドミさん(27、二世、マナウス市出身、愛知県小牧市在住)は、自動車部品工場をデモ二日前に解雇された。日本生まれの五歳と六歳になる子どもがおり、「税金も払っているのに、私たちには日本人と同じ権利がない」と憤る。在日十三年、「ブラジルに帰るつもりはない」と言い切る。「早く仕事を見つけたい」。
 「何でもいい。仕事を作って下さい」。十二歳の息子レアンドロくんを連れて行進した中村サチコさん(39、三世、静岡県磐田市在住)はそう訴えた。六年間勤めたヤマハの工場を昨年末、夫ともに突然解雇され、現在、失業保険で生活をしのぐ。子供が通うブラジル人学校の授業料、約五万円の支払いも困難だが「それだけは優先したい。授業料補助が少しでもあれば多くの子どもたちが助かります」と語った。

「ブラジル人の8割失業も」=発起人・林隆春さん

 デモ発起人の一人、林隆春さん(特定非営利活動法人交流ネット理事長)は「たくさん集まってくれてよかった。これまで雇用先を恐れてメディアに出ることを嫌っていた人も、権利を主張し、自立の意識に目覚め始めた」と評価した。「日本の緊急雇用政策には外国人労働者向けセーフティーネット(社会保証制度)がない。職業訓練の機会もなくいきなり解雇されている。ブラジル人労働者の失業率は五○%を超えているが、じきに八〇%になるだろう」と語気を強める。
 デカセギ開始から二十年が経過。「日本のブラジル人コミュニティーには連帯感がない」と課題を指摘しつつも「短期間に企業側の都合で流動され続けたのが一因。でも黙っていては何も変わらない」と強調した。
 林さんによれば、外国人労働者の抱える問題改善を自治体や行政に求める目的で、昨年末からブラジル人労働者を支援する団体などが一万人の署名を集めている。「二週間以内に署名を国側に提出したい」という。この署名活動を「死ぬまで日本のために努力するというブラジル人の意思表明に他ならない。そうした腹をくくるブラジル人が増えることが結束と現状改善につながる」と評価した。

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